第3話 良太の古傷※改稿済み

 ふっふ、はっは、ふっふ、はっは……。

 太陽はいつの間にか高くなり、日差しがかなり強くなってきた。

 先生の露わな肌にも、汗が弾けている。


「先生、ちょっと休憩しよう」


 木陰になっているベンチに、先生を促した。


「はい、そうしましょう」


 大きな池が臨める運動公園は、子供たちや家族連れで賑わっていた。


「あ! ソフトクリーム!」


 先生が数メートル先にあるキッチンカーを指さした。


「あ、本当だ。そんな季節か……」


「食べたいのです」


「買って来ようか?」


 中学の時のパシリ癖で、こういう時の俺は腰が軽い。


「私が買って来るのです、良太君はここで」


「いや、俺が買って来るよ。先生はここで休んでて」


「いやっ」


「え?」


「先生じゃなくて杏って呼んで欲しいのです」


「あ、あ、あんず……ちゃん」


「うふっ」


「あんずちゃん、ここで待ってて。俺、買って来るから。バニラでいい?」


「うーんと、ストロベリーがいいのです」


「わかった」


 なんだかおかしな事になっちゃったなぁ。

 なんで先生……、あ、いや、杏ちゃんは俺なんかが好きなんだろう?

 そんな事を思いながら、小走りでキッチンカーまで急いだ。


「すいませーん。バニラとストロベリーください」


「はーい。ありがとねー」


 汗だくのおじさんが起用にソフトクリームを三角コーンに乗せて行く。


「600円ね」


「はい」

 ウエストポーチから、ちょうど600円を拾って差し出した。


 ソフトクリームを、両手で受け取った時だった。


「あれ? ビョー太じゃね?」

 その声に一気にズンと空気が重くなる。

 と、同時に古傷が疼きだした。


「あっ、はは。鬼頭君、藤堂君も、こんにちは。久しぶりだね」


 小中の同級生だ。俺はこいつらにいつも奴隷のようにパシらされていた。

 高校で別々になって、平和な毎日を送っていたというのに、こんなタイミングで会ってしまうなんて。


 因みにビョー太という呼称は、「オイ! コーラ買ってこい。秒で行って来いよ、良太」の略だ。


「一人で二つも食ったら腹壊すだろ。俺が食ってやるよ。よこせ」


「いや、これは、その……」


「二つとも寄越せよ。俺と鬼頭がけんかになるだろう」


「いや、ちょっと勘弁して……」


 一歩、二歩と後ずさる。

 しっかりしろ、俺。

 俺はもうあの時の俺じゃない。

 この一ヶ月余り、美惑の指導で筋トレだって頑張ってきた。

 少し力を入れれば、シックスパックが浮き上がるぐらいには仕上がって来ている。


 こいつらより、身長も随分伸びたじゃないか。


「俺、ちょっと用事あるから」


 そう言って、二人の脇を通り過ぎようとした時だった。


 ガシっと肩を掴まれ、引きずられた。

 その拍子に、ベチャっ。

 杏ちゃんのために買った、ストロベリーが地べたに転げてしまった。


「あっ。クソっ」


「お前がグズグズするからだろ! グズ太!」


 バシっと頭を小突かれた。

「いてっ」


 沸々と怒りが込み上げる。

 こいつら、ソフトクリームが欲しいわけじゃないんだ。俺を揶揄って愉しんでいるだけなのだ。


 しかし、喧嘩なんてした事ない俺は、怒りの取り扱い方を知らない。


 ただひたすら、もやっと湯気を上げそうなアスファルトを睨みつけていた。


 日差しに晒されたソフトクリームはそろそろ指に垂れそうだ。

 このアイスを差し出したら、終わるなら、そうしよう。


 怒りに震える手で差し出そうとした、その時だ。


「良太君。お友達ですか?」


「あ、杏ちゃん。ダメだよ、こっちに来ちゃ。ベンチで座ってて」

 こんなかっこ悪い所、見られたくない。


「もう疲れは取れたのです。一人で寂しかったので良太君をお迎えに来たのです」


 鬼頭と藤堂は驚いた顔で、杏ちゃんと俺の顔を交互に見ている。


「ま、まさか。お前の、彼女……じゃねぇよな」


「はい。彼女ではないのです。良太君は私の運命の人なのです」


「はぁ??? こんなわいいお姉ちゃんが、ビョー太の運命の女神?」


 女神、どっから出てきた?


「こんなグズ太、ほっといて俺たちと遊ぼうぜ」


 鬼頭の手が杏ちゃんの腕に伸びた。


「やめろ」


 俺は初めてこいつらに逆らう!

 バニラのソフトクリームを杏ちゃんに渡して、鬼頭の前に立ちはだかった。


「お前みたいな愚図には、こんなかわいい子荷が重いだろう。俺たちが遊んでやるから退けよ」


 そして、ドン! といとも簡単に吹っ飛ばされた。


 したたかに腰を打ち付け、悶絶。


「いってー」

 いってーし、かっこ悪い。情けない。


「良太君! 大丈夫ですか?」

 杏ちゃんが、俺の腕を引いて、鬼頭たちを睨みつけた。


 ウエストポーチからスマホを取り出し


「もしもし、警察ですか? 怖い男の人達にからまれてるのです。すぐに助けてください。夕月運動公園の池の所です。無抵抗の男の子を突き飛ばしました。はい、はい、はい、傷害罪です!」


「おい、やべぇ。行こうぜ」


 鬼頭たちはさっさとその場からいなくなった。


「良太君。大丈夫?」

 俺の背中をさすりながら、杏ちゃんは真っ暗なスマホ画面をこちらに向けた。


「二人がかりで絡んでくるような弱虫は、簡単に騙されるのです」


「もしかして、電話してるフリだった?」


「はい」

 杏ちゃんは、首を傾けて、太陽みたいに笑った。


「ごめんね。ストロベリー落としちゃった」


「いいのです。バニラを一緒に食べればいいのです」


 杏ちゃんは、地べたに広がったソフトクリームをティッシュで丁寧に拭きとって、ゴミ箱に捨てた。


 ベンチに戻り、一つのソフトクリームを交互に舐めながら

「かっこ悪い所見られちゃったな」

 ぼそりと弱音が口をつく。


 そんな俺に、杏ちゃんはブンブンと首を横にふり

「私は良太君のかっこいい所、たくさん知ってるのです。あ、鼻にクリームが付いてるのです」


 うふふと笑いながら、指先でそっと俺の鼻先をなでた。


 あいつらとの関係性を、彼女は何も聞かなかった。


「良太君と一緒に食べるソフトクリームは、青春の味がするのです」

 ずっとそんな事を言っては、女神みたいに微笑んでいた。



 ◆◆◆


「オーライ、オーライ、オーライ、ハイストップー」


 アパートに戻ると、4トントラックと白いピカピカのベンツが入って来る所だった。


「あれ? 新しい入居者かな?」


 急に止まれないのか、杏ちゃんはその場でランニングしながらポニーテールを揺らしている。


 奥のスペースに駐車したベンツの後部座席が開き、中から出て来たのはなんと!!


「白川さん!」


 デニムのショートパンツに黒いTシャツ。

 かなり軽装なんだけど、もしかしてお引越し??


「こんにちは、双渡瀬君。今日から101号室に入居する事になったの。よろしくね」


「えええええーーーーー????」


 展開早すぎだろ?

 そりゃあ、確かに、デカデカと「即入居可 」って書いてあるけども。


「あらあら、早かったのね」


 家の玄関から母がにこやかに出て来た。


「こんにちは、大家さん」


「はい、こんにちは。じゃ、こちら部屋の鍵ね」


 いつの間に契約したんだよ!!!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る