春ー④

第1話 ラブコメの神様

 俺の身に不思議な事が起きたのは、白川と桃地先生に同時に告られた日の夜だった。


 クチャ、クチャ、クチャ、クチャ……


 下品な咀嚼音がやたら耳について、ベッドの中で目を覚ました。


 なんだ? こんな夜中に、クチャクチャクチャ?


「よっ! 良太ちゃん」


 そんな声が耳に侵入してきた。


「な? 誰?」


 慌てて飛び起きると、金髪に派手なスタジャンのお兄さんが、ガムをクチャクチャしながら、俺の寝姿を覗き込んでいた。

 耳には金のピアス。指にはゴツめのシルバーリング。


「へ? ホスト?」


 高速で辺りを見回したが、ここは間違いなく俺の部屋だ。


「どう? 学園3大美女にモテモテな学園ハーレム生活は」


「は? なにそれ?」


「あ、そうだ。指名したっしょ? 俺の事」


 チャラいお兄さんはそう言った。


「いや、して……ないと思うんですけど。っていうか、あなた誰ですか?」


「俺? 俺は神様」


「は?」


「ほらほら、ここに、俺を指名した証拠あるじゃ~ん」


 俺の枕元には、あのお守り。


 そう言えば、寝る前俺は、このお守りを握りしめ、こう呟いたんだ。

『神様! 教えてください! 俺の運命の人は誰?』


「あああーーーー!!!」


「思い出した?」


 チャラい神様は、ちょっとかっこつけて、人差し指をこちらに向けた。


「いや、神様のイメージ!」


「あの時はありがとな。お参りに来てくれて」


「じゃあ、あなた、恋愛成就の神様?」


「ああ、違う違う、それは俺の親父」


「親父?」


「そう、あの日、親父は出かけてたんだよ、野暮用で」


 そう言って、チャラ神様は小指を立てた。


「や、野暮用?」


「まぁ、詮索するな。で、俺が留守番してたってわけ」


「はぁ。じゃあ、あなたは何の神様なんですか?」


「俺? 俺は、ラブコメの神様」


「ラブコメの神様?? でも、なんかラブコメっぽくないんですけど。ラブコメの主人公って言ったら、モテなくて、シャイで、なんつーかもっとダサいイメージなんですけど」


「あー、俺も、昔はそうだったよ。俺、神様デビューだから」


「神様デビュー? 高校デビューでも大学デビューでもなく……」


「そう、神様になってから目覚めて女遊び始めて、こうなったの。今じゃ世界各国を股にかけて女神50股してるから」


「ご、50股? 女神ってそんなにいるの?」


「お前、学園ハーレム作りたいって言ってたっしょ」


「言ってない!!」

 モテますようにとはお願いしたけども。


 チャラ神様は、にっこり笑いながら、ベッドに腰掛けた。


「いい? 良太ちゃん。ここからは、大事な話。よく聞くように」


 そう言って、またかっこつけて人差し指をこちらに向けた。


「は、はい」


「あのね。ラブコメの鉄則知ってる?」


「鉄則ですか? さぁ? ヒロインは巨乳じゃないとダメとか、エッチなシーンはキスまでとか」


「チッチッチ。わかってねぇな。んじゃあ教えてやるよ。ラブコメに於いての最重要課題は、主人公が絶対に嫌われない事だ! 読者に主人公が嫌われちゃったら、その時点で、試合終了だ」


「え? メタ? ここに来てメタ発言?」


「今の良太ちゃんはねー、中途半端で優柔不断なのよぉ。もうすぐ体育祭じゃん。バシっと決めようぜ」


「はぁ、じゃあ教えてくださいよ。俺の運命の人は誰なんですか?」


「そんな事、俺にわかるわけないじゃん」


「はー? 何しに来たの?」


「まぁ、一つだけ教えてやろう。自分の気持ちに素直になる事だな」


 めっちゃまともな事言った。


「自分の気持ちがわからないから、こうやって訊いてるんですけど」


「それが、お前の気持ちだよ。一人のベイビーを選ぶなんてできないんだろ」


「ベイビー?」


「運命の人と結ばれない不幸な道になんて、ベイビー達を進ませたくない。それがお前の気持ちだろ?」


「まぁ、はい」


「みんな違ってみんな好きなんだろ?」


「どっかで聞いたな、それ」


「選べないならみんなを彼女にする。みんなで仲良くラブラブ学園生活を送る。それはギルティ? オア・ノットギルティ?」


「ギルティ!」


「ブッブーーー。ノットギルティだ」


「ひえー」


「常識に捕らわれるな、お前はラブコメの主人公なんだから。大丈夫大丈夫、上手い事行くから」


 そう言ってチャラ神様は、ベッドの上のお守りを指さした。


「パワーアップしといたから」


「へ? ええええーーーーー!!! お、お守りが、レインボーカラーになってるーーーー」


「じゃあな。頑張れよ。おっと、今どきのメンズに頑張っては禁句だったな。まぁ、思う存分楽しめよ。人生は一度っきりだ。完結したらもう出番ないから」


 再びメタ発言したチャラ神様は、タンと舌を鳴らしたかと思ったら、忽然と姿を消した。



 ◆◆◆



 次の日。


 チュンチュン、チュンチュン……。


 小鳥のさえずりと共に、カーテンから差し込む強い日差しで目が覚めた。

 過去最悪な目覚めだ。


「うっ、うーーーーん」


 なんか変な夢で、うなされてたなぁ。


 なんだったっけ?

 なんかすっげー変な夢見たな。


 なんだ、ラブコメの神様だったっけ?


 なんて夢見てんだ俺。


 頭をクシャクシャ掻きむしり、顔を両手でゴシゴシこすった。


 ふと、視界に見慣れない物が映り込んだ。

 薄手の布団の上に、ころんと転がっている小袋。


「なんだこれ?」


 手に取った。


「ひぃえええええーーーー。レインボーカラーのお守り!!!」


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