第5話 伝えなきゃ

 美惑は一応、恋人というていだから、一緒に帰るのは当然……だよな。

 しかし、先に白川と約束してしまった。

 せっかく仲良くなれたのに、ここで手のひら返したら、嫌われてしまうかもしれない。


 しかし、白川の彼氏は雨音。

 彼女はやっぱり雨音と帰るのが自然な流れか。


「う、うん、かえ」

 と、言いかけた時だった。


「ごめんなさい。私、今日は双渡瀬君に用事があるの」


 白川はきっぱりとそう言いきったのだ。


「え? いいの? 雨音と一緒に帰らなくて」


 雨音の顔が一気に驚きに変わる。


 美惑の額には青筋。


 これはまずい。


「良太! どうするのよ! どっちと帰るのかさっさと決めりーよ!」


「え? あー、いや、あの……じゃあ、そのぉ、みんなで帰ろうか。どうせ、方向一緒だろ」


「はぁ? なんで俺がお前なんかと」


 雨音が軽く声を荒げた。


「お前なんかとはなんだよ」


「大体、なんでお前に決定権があるんだよ。双渡瀬のくせに」


「んなーーーー? なんだ? お前が一体何様なんだよー!」


「やめて! 二人とも!」


 優等生らしく、白川が割って入る。


「いいわ、みんなで帰りましょう」


「それも一興ね。そうしましょう」

 美惑はすんなりと白川の提案を受け入れた。


「あ、ああ。そうしよっか。雨音はどうすんだよ?」


「白川と黒羽さんがそういうなら」


 女子二人に主導権を握られる男二人という画が出来上がり、4人で行動する事となった。



 着替えを済ませ、更衣室を出ると、先ほどの場所で美惑と雨音が待っている。

 俺は、更衣室の外で白川を待った。


「お待たせ」

 ナチュラルな笑顔で、制服に着替えた白川が出て来た。


「あのさ、さっき言ってた、付き合ってほしい所って……」


 白川は腕時計に視線を落とす。


「たぶん、間に合う」

 独り言のようにそう言った。

 現在の時刻は18時半過ぎ。


「間に合うって、なに?」


「行きましょう。あんまり待たせると悪いから」


 そう言って、美惑と雨音に視線を向けた。


「ああ、うん」


 二人に合流して、てくてくと駅までの道のりを歩く。

 並び順は、左から、白川、俺、美惑、雨音。


「ねぇ、A組はさぁ、二人三脚のペア、どうやって決めたの?」

 美惑がそう訊いた。


「クジだよ。割りばしの先っちょにマークが付いてて、それが一致した人とペア」


「え? じゃあ、二人はクジでマッチングしたって事? 偶然?」


「そうだけど、B組は違うの?」


「うん、B組は指名制。女子が男子を指名するの」


「指名制? じゃあ、お前、雨音を指名したって事?」


「違うわよ。私の番は最後だったの。最後に残ったのが雨音君だったってだけよ」


 珍しい!

 女子からまぁまぁ人気のある雨音が、残り物だなんて。


「女子ってさぁ、変なプライドあるから。ガツガツ狙いに行ってるって思われたくないんだよね。本当はみんな、人気ナンバー1の雨音君とペアになりたいくせにー」


 美惑は語尾に『w』が付きそうな口調でそう言った。


「人気ナンバーワン? 俺が? へへ、まさか」

 雨音は俺をチラ見した。

 出席番号ナンバー1の間違いじゃ?


「その無自覚さがいいんじゃない?」


「無自覚? 俺が? 無自覚イケメン?」


 イケメンとは誰も言ってない。


「美惑は誰を指名する予定だったんだよ」


「うーん。特に決めてなかったけど」


「ふーん、美惑だって、男はみんなペアになりたかったんじゃないの」


「あれ? 良太、妬いてる? もしかしてやきもち?」


「ちっ、ちがっ。妬くかよ」

 頬にグリグリと人差し指をめり込ませて来る。


「やっ、やめろ」



 駅に到着し、改札をくぐる。

 ちょうど帰宅ラッシュでぎゅうぎゅうの満員確定だ。


 乗り場の行列に並び、電車が入るのを待った。


 前に美惑と雨音。

 その後ろに、俺は白川と並んで立った。


『一番線に電車が入りまーす。白線の内側までお下がりください』


 アナウンスが流れ、ブレーキ音をとどろかせながら電車が止まる。

 入れ替わりの人波に流されるように前に進み、美惑と雨音が先に電車に吸い込まれた。


 その時。


 ガシっと俺の腕が何者かに引っ張れた。


「へっ?」


 腕に巻き付いた手の先には

「白川さん!」


「行こう」


「どこに」


「いいから」


 彼女は俺の手を握ったまま、電車と反対方向に駆け出した。


 美惑と雨音は気付いていない。


 白川はまっすぐに有人改札に行き、駅員に声をかけた。


「すいません。大切な物を忘れてしまって、一旦外に出たいんですけど」


 駅員は一瞬怪訝そうな顔をしたが、無言で頷き、定期券を確認すると、すんなり通してくれた。


「どうぞ」


「ありがとうございます」


 白川はしきりに時計を気にしている。


 時刻は19時になろうとしていた。


 辿り着いたのは、大江戸河川敷。

 はぁはぁと、しばし呼吸を整える。


「見て、双渡瀬君」


「え?」


 白川が指さしているのは赤から青に染まろうとしているグラデーションの空だった。


「マジックアワー。ゴールデンアワーからブルーアワーに変わる。この瞬間を君と一緒に見たかったんだ」


 夕焼けが、白川の今にも泣き出しそうな笑顔をオレンジに染めていた。


「きれい……」


 思わずそう呟いた。


「私ね」


 こちらに背を向け、夕日に話しかけてるみたいに白川は口を開いた。


「うん。なに?」


「ここで、初めて双渡瀬君を見かけたの」


「え? ここで? いつ?」


「中3の夏。大江戸花火大会」


「ああ、毎年行ってる」


「縞模様の浴衣着てたね」


「中3か。確か初めて浴衣を着たんだ」


「迷子の男の子、助けていたよね」


「そうだっけ? ああ! そういえば、そんな事あったかも」

 おぼろげに記憶が蘇る。

 

 白川はスカートのポケットに手を入れた。


 おもむろに取り出した、赤いハンカチ。


 それを、こちらに差し出した。


「え? これ! 懐かしい~」


 いつの間にかなくなっていたと思っていた、戦隊ヒーロー物のハンカチ。

 あの日は熱くて、母親が出がけにバタバタと適当なハンカチを持たせたのだ。

 

「名前が書いてあったから、双渡瀬君が清松に入学して来た時、すぐにわかったの。でも、話しかける勇気がなくて。朝の電車でも、いつも私の事守ってくれてたよね」


 嘘だろー!

 そんな青春ラブコメみたいな事ある?


「き、気付いてたの?」


「うん」


 そして、ハンカチを差し出しながらこう言った。


「ずっと、好きだった。好きって気持ちがもういっぱいいっぱいになっちゃって、伝えずにはいられなかったんだ。ごめんね、彼女いるのに」


 白川はハンカチを俺のブレザーのポケットに押し込んだ。


「じゃあね。バイバイ」


 ブルーアワーを背に、白川がフェイドアウトしていく。

 それを、俺はただ茫然と立ち尽くして眺めていた。

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