第4話 俺だけが何も知らない

 ここ、文化清松学園では、月、水、金、全部活動が休止と決まっている。

 一応、進学校だからね。

 完全下校時刻19時まで、生徒たちは各々思い思いに過ごすのが通例だ。


 テスト前なら自習室がいっぱいになるし、文化祭前は学校中が祭りの準備で賑わう。


 そして体育祭前となれば、校庭が賑わう。


 ダンスの練習や応援合戦。

 徒競走の練習に……。


 二人三脚の練習。


 校庭には男女でペアになった2年の生徒が、きゃっきゃうふふと盛り上がっている最中だ。


 俺より20センチ以上も背の低い白川との二人三脚は思いのほか難しくて、幸せだ。


「せーの。ワンツーワンツー。きゃっ 」


「おっと」


 転倒しそうになる白川を、寸での所でキャッチした。

 強く抱きしめたら壊れてしまうほど華奢な体からは、清潔そうなソープの香りが漂う。

 こんなに堂々と白川と接触できる機会はそうそうない。


「歩幅かな。歩幅を俺が小さくすればいいのか」


「うん。もう一回」


「せーの、わん、おっとっとっと」


 派手に転んだ俺の上に白川が覆いかぶさった。


「きゃっ」


 至近距離で重なり合う視線。心臓が……うるさい。


「ごめん。先に出す足間違えた」


「もう! 双渡瀬君ったら」

 耳まで赤くなった白川が、つんと唇を尖らせた。


 そして、溶けるように笑った。


「外側からよ。今度は間違えないで」


「はい」

 でれっとしながら立ち上がると、目線の先に――。


 美惑!


 そうだ。忘れてはいけない。

 二人三脚は2年生全員が参加する競技。

 当然、美惑も誰かとペアになっているわけで……。


 美惑の隣には、なんと!

 雨音がいた。


 なんだこのカオス。


 偽装とはいえ俺の彼女である美惑と、白川の彼氏がペアって。


 これはもしや、スワッ(ピーーーー)。


「ねぇ、雨音君」

 美惑が雨音を見上げる。


「なに? 黒羽さん」


「あたしの眉間、しわ寄ってない?」


「あ、あは、ちょっと、ちょっとだけ。縦に、ちょっとだけ」


「いけないいけない。笑顔笑顔」

 そう言って、アイドル級の笑顔を雨音に向けた。


 もしかして、美惑はこの状況にとっくに気付いていたのか?


「じゃあ、練習しよっか」


 美惑は雨音の腰に腕を回した。


「せーの、ワンツーワンツーーワンツー」


 めちゃくちゃスムーズ!

 二人の足が繋がってるとは思えないほど楽々移動しているではないか。

 さすがサッカー部のエースと、アイドルの卵。運動神経抜群だな。


「俺たちも負けられないね」

「そうね。頑張ろう」


 と白川は相変わらずの笑顔だ。


 彼氏が他の女の子と仲良さげに繋がっているというのに、この笑顔。


 よほどの信頼関係で結ばれているのか。


「クソっ」


「え? どうしたの? 双渡瀬君」


「あ、いや、なんでもない。やろう!」


 ガシっと白川の肩に腕を回し引き寄せた。


「ひゃっ」

 彼女の体温が腕の中でじんわりと熱を持つ。


 目線はついつい美惑を追ってしまう。

 雨音と至近距離で見つめ合って、楽しそうに笑い合って、耳元でささやき合って。

 あれじゃあまるで恋人同士じゃないか。


 なんで俺は、その光景にモヤついて、イラついてるんだ?


 これでいいじゃないか。


 俺は雨音にも復讐できるじゃないか。


 雨音の彼女である白川とイチャイチャしてみせれば、雨音だって悔しいはずだ。


「双渡瀬君、すごい。なかなか上手く走れるようになったね」


「え?」


 気がつけば、白川と繋がったままスイスイトラックを走れるようになっていた。


「おお! すごい。ちょっとスピード上げよう」


「うん」


 歩幅を白川に合わせながら、トラックを駆け抜けた。


 中央の芝生に繋がったまま腰を下ろし、しばし休憩。


「はぁあー、疲れたけど、楽しかった」

 額の汗を拭いながら白川が足のヒモを解いた。


「本番も頑張ろうね」


 なんだか別人みたいだ。

 白川は、接するたびに氷が解けていくみたいに、いろんな表情を見せてくれる。


「水分補給に行こう」

 白川が立ち上がり、お尻をパンパンと払った。


「うん」


 日陰になっている花壇の方に行き、水筒を口元で傾ける。

 彼女の汗ばんだ喉元が上下に動いて、きらっと光った。


「やだ、何見てるの?」


「あ、ごめん。なんでも、ないよ」


 恥ずかしくて、つい視線を反らした。


「ねぇ、双渡瀬君。今日一緒に帰らない?」


「え? ああ、うん。いいよ。もう帰る?」


「うん。ちょっと付き合って欲しい所があるんだけど、いいかな?」


「え? どこに?」


「それは、行ってからのお楽しみ」


「そっか。いいよ。付き合うよ」


「じゃあ、行こうか」


 そう言って、着替えのため更衣室へ向かおうと、校庭に背を向けた時だった。


「良太。帰ろう」


 制服に着替え終えた美惑が立っていた。


「え? あ、ごめん。今日は」


「白川、一緒に帰ろうぜ」


 美惑の背後から、雨音が現れた。

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