第3話 やっぱり俺は……

 2年生全員による、クラス対抗二人三脚のペア決めは、その日の放課後に行われた。

 A組は、男子が15人、女子が13人。合計28人。

 男だけのペアが、どうしても、1組できてしまう。


 決める手段は、ドッキドキのくじ引きだ!


 俺のくじ運はと言うと、子供の頃から割といい!

 ポケットに手を突っ込んで、恋愛成就のお守りをぎゅっと握った。


 ――神様、おねがいします! どうか白川いのりとペアにしてください。


 これから復讐しようとしているのに、変な話だ。

 何故なら俺は、どうしても、白川が雨音の事を好きだなんて思えないのだ。

 付き合っている割に、二人が絡むシーンなど見た事ないせいだろうか。


 それに、俺はやっぱり白川が好きだ!


 早退した日、わざわざ電車を手前で降りて、ノートを持って来てくれた。

 テストに出そうな所には、丁寧に付箋まで貼って。

 それに、何よりあの時、俺だけにしか見せない笑顔を見せてくれたのだ。


 少し恥ずかしそうに、控えめなえくぼを作って、真っ白い歯を少しだけのぞかせた。

 あの時の笑顔が、鮮明に脳内で描かれる。


 ――良太君。体育祭、楽しみにしてるのです。良太君の事、たくさん応援したいのです。かっこいい所、たくさん見せて欲しいのです。


 あれ? なんで桃地先生がカットインしてくるんだ?

 朝の太陽みたいに、キラキラと笑う桃地先生の顔が……。


 脳内から離れない。


 なんでだ?


 どういうことだ?


 くっそ~。


 杏ちゃん、くっそかわいい~。


「おい、リョータ。早くクジ引けよ」

 安楽が背中をつつく。


「ああ。ごめん」


 机の上には、数本の割りばしが入った竹筒が置かれていた。


 この先に描かれたマークが一致した者同士がペアになるってわけだ。


 男同士のペアなら無印。


 両手をパンパンと叩いて、しばし割りばしの上で指を泳がせ、勢いよく一本引いた。


 ――よっし! とりあえず無印は回避。


 黒いペンでクローバーが描かれている。

 同じく、黒いペンのクローバーを引いた女子とペアと言う事だ。


 28人中、14ペアと言う事は、白川とペアになれる確率は7.14%。


「それでは、皆さん引き終わりましたか? まだ引いてない人いますか?」


 体育委員が教壇から教室を見渡した。


 全員が割りばしを持っている。


「それでは、運命の相手を探してください」


 ガシャガシャガシャっと椅子が床を擦る音と、妙な息遣いが充満する。

 男子は殆ど全員が半笑い。

 白川は、立ち上がらない。


「赤のハート!」

 と誰かが声を上げた。

「はーい」

 と女子が手を上げる。

 満更でもなさそうに、割りばしを見せあう二人。


「ヒューヒュー」と、クラスメイト達は意味不明に盛り上がる。


「黄色の丸ー」


「はーい」


「ヒューヒュー」


「無印ー」

「マジかよ」


 クラスメイトたちは次々にマッチングする中、白川はまだマッチングしていない。


 俺は意を決して声を上げた。


「黒のクローバー!!」


 しーんと静まり返った。


 全員が立っている教室で一人椅子に座っていた白川が、ガタっと椅子を鳴らした。


「へ? もしかして……」


 スッと立ち上がった白川は、うつむきながらこちらに歩いて来る。

 俺の前で止まると、俯いたまま、割りばしの先端をこちらに向けた。

 俺と同じ、黒のクローバーだ!


「ま、マジ?」


「よろしくね。双渡瀬君」


 そして、桜色の笑顔!


「こっ、こちらこそ、&%$’く」

 よろしく、は上手く伝えられなかった。


 そして、クラスの男子全員のテンションは、潮のように引いて行ったのだった。


「では、結びヒモを配ります。ペア同士、フィーリングを試し合いましょう。男子取りに来てください」


 一瞬で脳内がお花畑になった俺は、「フィーリング」という言葉にさらに浮足立った。

 机や椅子にぶつかりながら教壇へと向かう。


 白川との絆を受け取り、教室の後方に立っている彼女の元へと向かった。


「とりあえず、結んでみようか」

「うん」


 おぼつかない手つきで、細い白川の足首と、俺の足首を結び付ける。


「どう? きつくない?」


「うん。大丈夫」


「歩いてみる?」


「うん」


「せーの。うわぁぁぁああ」


「きゃあーーー」


 固定されたように動かない右足のせいで、盛大に転びそうになった。


「ごめん。大丈夫?」


「うん。大丈夫。どっちの足から出るのか、決めなきゃ」


 白川が微笑む。


「そっか、じゃあ、外側の足から」


「うん」


「せーの」


 なんとか前には進むがぎこちない。


「なかなか、上手く、行かないね」


「双渡瀬と白川さんペア!」


 体育委員の女子がそう声を上げた。


「もっと密着しないと」


 そういって、俺たちの前で腕を組んで首を傾げた。


「二人はけっこう身長差があるから……」


 そう言った後、白川の手を俺の腰に、俺の手を白川の肩に回した。


「うへっ!」


 心臓が激しく暴れ出す。

 鼻血出そう。


「しっかり前を向いて。はいワンツーワンツー」


「うわー、スムーズ歩けたね」

 白川はそう言って、嬉しそうに俺の顔を見上げる。


 鼻先をくすぐる甘いシャンプーの香りを、肺一杯に吸い込んだ。

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