第5話 運命の出会い―白川いのりの場合―

 Side—白川いのり


 部活が終わり、いつもの通学電車に乗った。自宅からの最寄り駅はひばり駅。しかし、私はその一つ手前の駅で下車した。


 戸惑いで足取りは重い。それでも、私は彼に逢いたい。やっぱり、逢いたい。


 いつからだろう。運命なんて不確かで子供じみたことを口にするようになったのは。


 高校に入学するまでの私は、合理的で論理的、加えて現実的な父の影響で、なんとも冷めた子供だった。学校は勉強をしに行く所。いかに効率的に点数を稼ぐか。将来の選択肢の幅を広げられるか。そんなことが一番大事だった。


 映画やドラマや小説やアニメも、誰かが作った嘘事。そんなものに夢中になって、時間を費やすなんてもったいない。アイドルも配信者も韓流スターも、その裏側には巨額の金銭が動いている。そんなことが頭を過ぎり、しらけてしまうのだ。


 友達も恋人も、そんなものは煩わしい。


 父の不倫を知ってからは特に。恋なんてこれっぽっちも興味が持てなかったのだ。


 そんな私が恋に目覚めてしまったのは、中学3年の夏。何もかもを焼き尽くしてしまうほど、熱い日だった。


 いつも帰りが遅い父にヤキモキする母を見かねて花火大会に誘った。


『今日、大江戸河川敷の花火大会よ。4年ぶりに開催されるらしいの。ママ、一緒に行かない?』少しでも気晴らしになれば、と。


 母は私にとって唯一の話し相手であり、理解者だった。母といる時だけ、私は素直に笑うことができたのだ。


 会場はまだ明るいにも関わらず、人出で大にぎわい。4年ぶりの開催とあって、テレビの取材や海外客も目を引いた。活気あふれる商店街。店先には、香ばしい煙が上がる。


 焼き鳥を買って、適当な場所にレジャーシートを敷いて、甘いタレが絡む鶏皮を頬張った。その時、小さな男の子が泣いているのが目に付いた。


『ママー、パパー』と声を上げ泣いていた。


『迷子かしら?』


 辺りは大勢の人が行き交うが、子供を気にする人はいない。何かあれば、手を差し伸べようと思っていたその時だった。


 青い縞模様の浴衣を着た、私と同い年ぐらいの男の子が、子供の前に屈んだ。


 人懐っこそうな目は優しくて『どうした? 大丈夫か?』と、男の子にかけた声は誠実そうだった。


『あら、優しい子がいるもんだね』


 母はそう言って目を細めた。


『パパだったら絶対無視だよね』


『忙しい人だからね』


 浴衣の男の子はキョロキョロと辺りを見回しては、どうしようかと考えあぐねているように見えた。


 雑踏で、彼の声はよく聞こえない。


 何か閃いた顔で、彼は男の子の手を取った。


『迷子センターに連れて行けばいいのにね』


 そう言った時――。


『すいませーーん。誰かーー、そう君の、おとうさーーん、おかあさーーん。そう君のおかあさーーん。いませんかー?』


 と、声を張り上げだしたのだ。


 その姿が、色を持ったまま私の胸にやき付くのを感じていた。


 二人が私たちの前を通り過ぎる瞬間だった。不意に泣き顔の男の子と浴衣姿の彼が、同時にこちらに顔を向けた。

 その瞬間、なんとも言えない衝撃が、胸をついた。


『何? いまの』


『ん? どうかしたの?』


 母は不思議そうに私を見た。


『いのり、顔が赤いけど大丈夫かい?』


『あ、ううん。なんでもない。なんか今日は特別暑いね』


 そっと、視線を彼らに戻すと、赤いハンカチが落ちているのが目に付いた。


『あ! ハンカチ落とした』


 私は急いで駆け寄りハンカチを拾い上げた。古い戦隊物のハンカチだった。

 きっと小学生の頃から愛用していたのだろう。

 端っこに、『双渡瀬良太』と書いてある。


 子供じみたハンカチだったが、間違いなく浴衣の彼の物だと思った。だって、小さい男の子の方なら『そう君』と、言ってのだから。


『すいませーん! 落としましたよ、ハンカチ』


 私は彼を追いかけたが、逆流してくる人混みに遮られ、背中を見失ってしまった。


 誰もが見て見ぬふりで通り過ぎた迷子の男の子を助けた彼は、ハンカチに描かれていたヒーローみたいだと思った。


 もしも、いつか彼に再び逢えたら、このハンカチを渡そうと思っていた。


 それから数か月が経ち、私は中等部から高等部へと進級した。


 学園は入学式を迎え、中等部の時から写真部だった私は、式の様子を撮影する係りになった。


 新入生が一人一人名前を呼ばれ『はい!』と凛々しく返事をして立ち上がる。

 

 その中に――。


『双渡瀬良太』


『はい!』


 彼がいたのだ!


 

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