第3話 恋愛成就の神様

 Side—桃地ももちあんず


「うふふ……よく眠っています」

 汗が滲む首筋を、冷たいタオルでそっと拭うと、良太君は僅かに眉を動かした。


「ほわわ~。かわいっ!」



 私が生まれ育った群馬には、知る人ぞ知る、かなり強力な恋愛成就の神社があるのです。

 恋の願いを何でも叶えてくれるという、恋愛成就の神様が祀られているのだそうな。


 その穴場パワースポットは、私の実家から駅に行く道中にあるのです。

 強力なパワースポットであるにも関わらず、参拝者は殆どいません。

 山奥にあるその神社は獣道の道中。

 普通の人はなかなか辿り着く事ができないのです。


 私はいつもその神社に参っていました。


 そう、あの日。

 上京する日もです。

 いつものように財布から5円玉を取り出し、賽銭箱へ。

 カランカランと鐘を鳴らして

「運命の人と出会えますように」


 その日引いたおみくじは大吉!

 ・運命の人現る。

 と記されていたのです。


 そして、その日に出会ったのが、この子。


 双渡瀬良太君!!


 しかしです!


 私は養護教諭。

 彼は生徒。


 これは禁断の恋なのです。


 だから、彼が大人になるのを、近くでずっと見守るのです。


 悪い虫他の女が、寄りつかないように。


「んっ、んんーーー」


「はわわ」


 彼が目を覚ましそうです。


「大丈夫? 良太君?」

 耳元で声をかけると、重そうに目を開きました。


「せ、先生……」


「はい」

 熱っぽい顔で、うるうるした瞳で、私を見つめています。


「俺、早退しようかな」


「早退? もう下校時刻はとっくに過ぎてるのです」


「え?」


「親御さんに電話が繋がらないようなので、先生が車で送って行きましょう」


「いえ、そんな悪いです」


「悪くないのです! そう言えば……お昼もずっと寝ていたけど、お腹は空いてないですか?」


「お腹、空きました」


「そうだと思いました! 先生が、おかゆを作っておいたので、今温めますね」


「あ、すいません」


 小鍋から、お茶碗に移して……。

 電子レンジへ。


 大人の女の魅力を、存分に発揮するのです!


 コンコンと保健室のドアがノックされて、雑にドアが開かれました。


「良太ー、帰ろう」


「はわ!」


 この子は! 休み時間の度に、彼を見舞いに来た目のクリクリした、博多弁の女の子。


「お名前はなんでしたっけ?」


「黒羽美惑。先生、いい加減名前覚えりーよ。今日何回名前言ったとおもっとーと」


「あはは、ごめんなさい。黒羽さん。りょう……双渡瀬君は、熱があるので、先生が車で送って行きます。先にお帰りください」


「じゃあ、私も一緒に帰る。帰るとこ一緒やん」


 そういえば、この子は良太君の家に居候しているあの子です。

 仲良くしておいた方がよさそうです。


「そうですね。じゃあ、双渡瀬君がご飯を食べ終わったら、一緒に帰りましょう」


 ピピー、ピピー

 電子レンジが温め終了しました。


「あちち」

 お茶碗は思いのほか熱いのです。


「先生、貸して」


「ほわ?」


「私が、良太に食べさせるけん」


「いえ、それは先生の仕事です」


「いいよ、私がやる」


「ダメです。先生がやります」


「私が!」


「先生が!」


「あ! 先生、あれなに?」

 黒羽さんが窓の外を指さしました。


「はわ?」


 外を見た瞬間、手の中に収めていたお茶碗が、奪われてしまいました。


「はわわわわぁぁぁ」




 Side—美惑


「あちちちー。良太。はい、あーん」


「いいよ。自分で食べるから」


 良太はそう言って、お茶碗を自分で持って、ハフハフしながら食べ始めた。


「なぁんだ、つまんない。先生、スポドリ買って来て。水分取らせないと」


「はわっ! 確かにその通りなのです。買ってきます」


 先生はそう言って部屋を出て行った。


 さては、先生も良太を狙ってる?

 まさかね。

 そんなわけ……なくもないか。


 でも大丈夫なの!


 私は、あの恋愛成就の神様に――。


 良太が、『高校生になったら女の子にモテますように』ってお祈りしてる隣で

『絶対に私が勝ちますように』ってお願いしたんだから。


 いくら良太が女の子にモテたとしても、例え他の女の子を好きだとしても、勝つのはあたし。


 まぁ、あの恋愛成就の神様がどれだけの効力があるのかは知らないけれどね。


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