第2話 生徒の名前を全然覚えない不思議ちゃんな先生が俺の名前だけ覚えている件
一時限目が始まっても、白川が席に戻る事はなかった。
優等生の彼女が授業をサボるなんて。
俺と美惑が付き合っているという事に、ショックを受けたのだろうか?
まさかそんなバカな。
ぽつんと空っぽの席を、ぼーっと眺めていると、胸が痛んだ。
その前に、ずっと頭が痛い。
体調は悪くなる一方で、わけもなく頬が火照り始めた。
これは完全に、風邪引いたな。
昨夜の放置プレイが祟ってるのだ。
「先生!」
俺は板書している先生に手を上げた。
「ん? 双渡瀬。なんだ?」
「ちょっと具合悪いので保健室行かせてください」
「おお、顔が赤いな。風邪か? 保健室行って来い」
教科書とノートを机に仕舞い、保健室に向かった。
手すりにつかまりながら、ふらつく体を支え、階段を降りる。
静まり返った廊下を渡り切り、渡り廊下に一番近い部屋をノックした。
「失礼します」
大きな机に向かって書き物をしているっぽい白衣姿。
ショコラブランの巻き髪が揺れた。
「はわ?」
そう言って、振り返ったかと思ったら、グイっとこちらに顔を近づける。
「メガネメガネ」
机の端に置いてあるアンダーリムの黒縁メガネを手繰り寄せ、髪をふりながらかけた。
「リョっ、良太君! 2年A組、双渡瀬良太君! 大変です。お顔がまっかっか。お熱ですか?」
養護教諭の桃地杏先生は、すぐにこちらに振り返り、慌ててペン立てをガシャガシャとかき回した。
「はい。たぶん、熱っぽい」
「お熱、お熱! お熱を計るのです!」
桃地先生はペン立てから体温計を取り出し、差し出した。
受け取る時に、先生の指先が俺の指先に触れた。その瞬間。
「はわわっ」と小さな声を上げて、引っ込めた。
気まずい空気が漂う。
桃地先生はちょっと変わった人だ。
去年からこの学校に赴任したのだが、かなり変わってる。
なかなか生徒の名前と顔を覚えない人でも有名で。
毎回、保健室に行くたび、クラスと名前を確認されて辟易する生徒も少なくない。
そんな桃地杏が、俺の名前を覚えてくれているのには、ちゃんと理由がある。
去年の春から、我が家が経営しているアパートに入居していて、顔見知りだからだ。
俺より4つ年上の21歳。
俺がこの学校に入学が決まった年に、彼女の就任も決まったそうで。
入居の挨拶にうちにやって来た時。
『こ、これは、運命なのです!』
そんなわけのわかんない事言ってたっけ。
どうせなら、ラブコメみたいに妖艶で、ちょっとエッチで、ドキドキさせて来るようなお姉さんだったらよかったな~。
桃地先生はかなりのぽんこつ不思議ちゃんだ。
ピピっと電子音が鳴り、検温終了。
「あっちゃー」
体温計の数字を見て、ますます具合が悪くなる。
「38度」
言いながら先生に体温計を戻した。
「はわわわわわわわわ! 大変なのです! うっ上着を脱いでベッドに横たわるのです!」
そう言って、ジャケットのボタンを外してくれた。
「あ、ありがとう、ございます」
桃地先生は俺からジャケットをはぎ取ると、カーテンで仕切られているベッドの布団を捲った。
「ここに、ここに、寝るのです」
「あ、はい」
言われた通り、布団にもぐり横になった。
「アイスノン!アイスノン! 冷えピタ冷えピタ」
そう言いながら右往左往している。
うっすらとカーテン越しに隣のベッドが見える。
先客がいたようで、女子生徒らしき影が動いた。
「先生。私、もう大丈夫なので、教室に戻ります」
「ほわ! お薬が効きましたか? 無理はいけませんが授業を受けられるようになったと言う事は喜ばしい事なのです。えっと、お名前なんでしたっけ?」
「白川です。2年A組白川いのり」
どきゅんっと胸が疼いた。
白川は保健室に来ていたのか。
まさか俺を避けるため?
俺と入れ替わりで教室に戻ると言う事は……。
避けられた?
何とも言えない寂寥感が沸き上がって、不安が押し寄せる。
しかし、避けられると言う事は、白川が俺を意識していると言う事だ。
そんなわけないか。
俺はまだ、白川に惚れられるほどの男じゃない。
身長だけはグイグイ伸びたが、体はししゃもみたいにひ弱。
成績は中の中。
50メートル7秒30と、ド平均。
白川の隣に並ぶにはあまりにも申し訳ない。取るに足らない男なのだ。
ワンチャンあるとしたら……。
俺はポケットからお守りを取り出した。
【恋愛成就】
一昨年の大晦日の事だ。
美惑の家族と、我が家の家族合同で、群馬の山奥にある温泉旅館に出かけた。
中学最後の冬休みの思い出作りだ。
大人たちは部屋で遅くまで酒を飲みながら歓談。
俺と美惑は、日の出を見ようと外に出かけたのだ。
旅館のスタッフに、近くに絶景の穴場スポットがあると聞き、スマホのナビを頼りに暗く静かな山道を歩き回ったのだが。
旅館スタッフの言っていた、何体かの古い仏像が並んでいるという目印はなかなか見つけられない。
ナビが示す道は悉く獣道で、まるで何かに化かされてるのではないかと思うほど同じ場所をぐるぐると回っていた。
辿り着くのは、毎回、うっそうと木が生い茂った古びた神社の前だった。
『寒いし疲れたよー』
徐々に機嫌が悪くなる美惑。
『じゃあ、戻る?』
『やだ! 初日の出見る!』
『じゃあ、この神社で一休みするか』
『うん。あ、見て、良太。恋愛成就だって』
『本当だ。恋愛成就しかないのかな? 学業とか、安全祈願とかそんなのはないのかな』
『それもそうね。変な神社だけど、あたしは恋愛成就だけでいいや』
『俺も』
そう言って、参拝客が俺達しかいない薄気味の悪い神社にお参りした。
賽銭箱に5円玉を入れて
――高校生になったら、女の子にモテますように、と。
「コンコン。双渡瀬君。開けますよ」
「はい」
「冷えピタを貼るのです。おでこを出してください」
「あ、ありがとうございます」
前髪を上げると
ひやっとした感触と同時に、柑橘系の甘い香りが鼻先をくすぐった。
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