第6話 触ってもいいよ
「良太ー。ご飯できた」
開けっ放しのドアから、美惑が入って来た。
何やら甘酸っぱい匂いを携えて。
「オムライス作ったー。良太、オムライス、好きだよねー。一緒に食べよう」
ベッドの横のローテーブルに、二人分のオムライスが乗ったトレーを置いた。
ガシャーン、ガシャーン。
部屋に響き渡る金属音。
手首はそろそろじんじんと痺れを訴える。
春とはいえ、北向きのこの部屋は陽が落ちた後はそれなりに寒い。
パンツ一枚では耐えられないほどだ。
「これ、外して、お願い」
カシャーンガシャーン。
俺は、ほぼ涙目だと思う。
「んふふ、だーめ」
「どうやって食べるんだよ!」
「こうやって。はい、あーん」
スプーンに山盛りのオムライスを、仰向けの俺の口の前に持ってきた。
「いやあの、そういうんじゃ、はわわわあぐ」
無理やり口に押しこまれて咀嚼。
「美味しい?」
「うん。おいひー」
そう言えば腹も減っていた。
喉も乾いた。
「ねぇ、美惑」
「ふ? なに?」
「これ、恋人の練習?」
「そだよー」
「こんな恋人同士、見た事ないぞ」
AVでしか。
「そう? 恋人同士の人達はみんなやってるんだよ。目隠しとか」
「そうなの?」
「そう! だから良太も準備しといた方がいいよ。これ」
そう言って手錠を指さした。
「そ、そっか」
「ふん」
美惑はそう言って、オムライスを一口頬張った。
「ちょ、ちょっとさー、トイレ行きたい」
「トイレ? ふん、わかった」
美惑はポケットから小さな鍵を取り出して、手錠を開錠している。
チャンスだ!
拘束が解けた瞬間を見計らって、美惑を取り押さえて部屋から追い出す。
脳内でイメージはもうばっちりできている。
「あれ?」
「ん?」
「おかしいなぁ?」
俺の顔面を覆うように、美惑は手錠の鍵穴に手を伸ばしている。
つまり、俺の目の前にはFカップが揺れていて。
ブラウスのボタンの隙間から覗く、ベビーピンクの下着がチラチラ見え隠れして、もろに下半身に衝撃を与える。
早い所トイレにいかないと、股間に恥ずかしいシミを作る事になる。
そんな事になったら一生美惑に弱味を握られ、脅されるハメになるのだ。
「まだ?」
「うーん、なんか、鍵合わないみたい」
「おいおい」
「あっ、空いた」
やったー!
片方の手は開放された。
手錠は嵌まったままだが、ベッドのパイプからは離れた。
もう片方も
「はい、開いた」
こっちは手錠なし。
手首自体が開放された。
よし! 今だ!
美惑の胴体を両手でつかんだその時――。
カチャンと不吉な音が響いた。
「え?」
手錠の反対側の輪っかが、美惑の腕に嵌まっているではないか!
「え? なんで?」
「さ、トイレ、行こ」
美惑はそう言って、鍵を胸元に入れた。
胸とブラジャーの隙間だ。
「へ? 一緒に?」
「そう、一緒に」
美惑は手錠が嵌まった手を持ち上げて、俺に見せびらかした。
「それはさすがにまずいだろ。鍵! 鍵よこせ!」
空いている手で美惑の胴体を捕まえたが、肝心の鍵は胸の谷間に挟まっている。
「よこせ!」
「ダメ!」
「よこせって」
胸元に手を伸ばし、強行しようとしたが
「いやだ!」
美惑は胸元を抑えて体を背けた。
女の子相手に力ずくで胸元を引っぺがせば、犯罪だよな。
それに、俺はパンイチ。
どう見ても……
変態か。
しぶしぶ、美惑と繋がったままトイレへと向かった。
「見るなよ。絶対に見るなよ!」
俺は便座に座って用を足す。
美惑はこちらに背を向けて、終わるのを待っている。
肝心の欲望放出には至れず、おしっこだけを済ませて立った。
なんだか頭がぼーっとする。
美惑の狂した行いに、体も心も疲れて不貞腐れた態度になってしまう。
本当に何を考えてるのやら。
「お前、こんな事して楽しいの?」
「うん! 楽しい。ずっと良太と一緒だもん」
そう言って手錠が嵌まった手を掲げて見せる。
「別にこんなんで繋がらなくても、一緒にいるだろ」
美惑は急に笑顔を曇らせて、俺を見つめた。
「一緒にいれば、それでいいってわけじゃ、ないもん」
「いくらこんな事したって、何度も言うけど、俺が美惑と付き合う事はないよ」
言ってしまった。
美惑を傷つける事なんて百も承知だ。
しかし、今の俺には、気の利いた言葉も優しさも出て来ない。
「知ってるよ、そんなの。良太は一途だもんね。だから、好きになったんだよ。いつもまっすぐに、あの子を見る目を好きになったんだもん」
いつになく真面目な顔でそう言って、美惑はブラウスの胸元のボタンを、一つ一つ外し始めた。
美惑の手首と繋がって、胸元にぶら下がった俺の手は、時々胸の先をかすめる。
「あ、ちょ、あの……」
露わになった美惑の、ミルクのように白い胸元は、小さなベビーピンクの布で半分だけ覆われていて、ギリギリ先っちょが見えそうで見えない。
むっちりと盛り上がった双丘の間には、小さな銀色の鍵。
「取っていいよ」
「へ?」
それは、その谷間に指を突っ込んでいいって、ことですか?
呼吸が乱れる。
血流が荒れ狂う。
五感がビンビンに研ぎ澄まされる。
ふーーーっと息を吐いて、そっと胸元に震える手を伸ばした。
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