第5話 美惑の作戦。拘束、羞恥からの放置プレイ

「恋人の練習、しよっか」


 間近でマジマジと俺の顔を見下ろす美惑。


「こっ、恋人の、練習……?」


 美惑は不敵に笑ったまま、何のためらいもなく俺のTシャツを脱がすと、スカートのポケットから何か取り出した。


 チャリっと金属音が鳴り、目の前に姿を現したのは、手錠。


「ななななな、何、それ?」


「そんなに怖がらなくても大丈夫。これ、おもちゃだから」


「な、なんだ。おもちゃ」


 先ほどの筋トレと相まって、一気に汗が吹きだして来る。


「ここに座って」


 美惑はベッドをトントンとタップした。


 言われた通り、ベッドに腰掛けると、とすんっと俺の体を押し倒した。


「へ? え?」


 ガチャっと右手首に手錠が嵌まった。


 ここまでは、何となく予想通り。


 次に美惑は、輪っかの反対側を、ベッドのパイプに固定した。


「あはは、何? これ」

 片手の自由は奪われる。


 表情は不敵な笑顔のまま。

 美惑はもう一個手錠を取り出し、俺の左腕に嵌め、やはりパイプに固定した。

 バンザイをした状態で、ベッドに固定されてしまった。


 それだけで、俺の未熟な体は熱く脈打って、呼吸が乱れるというのに、美惑は更に、俺のスウェットをずりおろした。


「お、おい! やめろ!!」

 派手なボクサーパンツが露わになる。


「ふふぅ~ん。男の子の体ってこうなってるんだ~」


「お、おい! やめろ、やめてくれー」


「うふふ。良太、興奮してるね。濡れてる」


「は? バカ。嘘つけ。どこが……濡れてるんだよ!」


「ここ……」

 美惑は人差し指で、俺の首筋をなぞった。


「あはン」

 と変な声が出る。


「ちっちゃいんだね」


「は?」

 そりゃ、勃起前は誰だって小さいだろ。

 カーっと頭のてっぺんまで熱くなり、毛穴という毛穴から汗が吹きだす。


「ちっちゃいね。かわいい」


「な、何が……だよ」


 ワンチャン、美惑の口から隠語が聞けるかもしれない。


「乳首」


 なんだ乳首かよ。


「って、おい! 触るな。刺激、ダメ! 絶対!!」


「男の子も、固くなるんだね。かわいいっ」


「うっ、あっ、あ~~~ウ」


 つんつんと、乳首を爪先で弄ばれて、平常心が失われていく。


「美惑は? 乳首大きい?」

 乱れた吐息で、そんな言葉を吐いてしまった。


「良太よりは、大きいかな。見る?」


 ブンブンと首を横に振る。


「やめとく」


 本当は見たいけど、下半身が反応したら恥ずかしい。


「キス、する?」


 ブンブンと首を横に振る。


「ダメ! それは本当の恋人と、しなきゃ」


 美惑はふっと、笑顔を消し、ぎゅっと俺の鼻をつまんだ。


「いてっ」


「あー、そうだ。忘れてた」


「へ? なに?」


「もうこんな時間! 今日、晩御飯おばさんに頼まれてたんだった。ほら、今日はおばさんとおじさんの結婚記念日やん? それで、一泊で箱根に出かけるって」


「ああ、そう言えば、そう言ってたね」


 今朝、大きなスーツケースを引っ張って、確かに出かけたな。


「私、支度してくる」


「なにを?」


「晩御飯」


 そう言って、部屋を出て行った。


「おい! おいーーーー! おい!! この手錠を外せ!」


 ガシャンガシャンと、手錠とパイプが触れ合う音が鳴り響いた。



 ◆◆◆



 Side—美惑


「ふぅんと、ご飯は今朝炊いたのがあるし、冷蔵庫には、ふんふん、鶏肉に、玉ねぎ、ピーマン。卵もあるね。よっしゃ! オムライス作ろ!」


 材料をシンクに並べて、センチメンタルになりそうな感情をコントロールする。

 陰から陽へ。鬱から躁へ。

 すっかりそんな事ばかりが上手になった。


 とはいえ、取り合えず、第一段階の作戦は上手く行った。


 今朝、私は知ってしまったのだ。


 今日の放課後、白川いのりが雨音を誘っていた事を。


『付き合って欲しいって言われてさ』

 雨音は鼻の穴を広げてクラスの男子達に自慢していた。


 たかが、写真を撮りに行くだけの事に。


 白川いのりは写真部だ。

 5月だか6月だかに開催されるフォトコンテストに出展するため、夕日をバックに青春ぽい画が欲しいのだとか。


 モデルに選ばれたのが、雨音光輔。


 行先の河原は、イチョウ通りを必ず通るルート。


 あのケーキバイキングにいれば、必ず、あの二人を良太に目撃させる事ができるってわけ。


 あたし、冴えてる~。


「うふふ」


 ずっと、見てきたからわかったの。


 良太が恋に落ちる瞬間。


 そして、白川が、良太に恋をする瞬間も。


 絶対に、渡さない。


 あの女にも、他の誰にも。


 良太はあたしの、運命のひとなのだから。


 ザクっ!


 ゴロン。


 玉ねぎが飛沫を上げ、真っ二つになってまな板から転げ落ちた。


「あたしの方が、先に好きになったちゃけんなっ」

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