第4話 幼馴染との距離感バグり出す

 都心から少し離れた住宅街。

 代々受け継がれたまぁまぁ広い土地には、40年我が家が運営している4階建てのアパートと、4LDKのリフォーム済みの戸建て。


 4、4、4と不吉な数字が並んだが気にするな。


 ここが俺の家であり、美惑の住まいでもある。


 両親は結婚当初二人の子供を望んでいたらしいが、残念ながら俺が生まれて以来授かる事はなく。


 俺は一人っ子。


 両親は『娘ができたみたい』と、喜んで美惑を我が家に下宿させた。


 2階の俺の部屋から、壁を隔てた隣の部屋が、美惑の部屋となっている。


 帰宅し、それぞれの部屋に入り、制服からダル着に着替えると。


 ガチャっと部屋のドアが開いた。


「入るよー」

 ブレザーを脱いだ、制服姿の美惑が入って来た。


「もう入ってるね。ノックぐらいしろよ」


 そういうと、美惑はコンコンと開けっ放しのドアを叩いてみせた。


「いや、ノックの意味ー」


「まぁ、いいからいいから。早速始めるよ!」


「おお! 始めよう」


「じゃあ、仰向けに寝て」


 と床を指さす。


「こう?」


「そうそう、膝を立てる」


「はい」

 言われた通りに、仰向けで膝を折り曲げる。


「ふぉっ」

 思わず変な声が出た。


 何故なら。


 俺が立てた膝を抱えるようにして、美惑が跨ったからだ。

 足の甲に伝わる、美惑のスカートの中身。

 生々しい、生暖かい生の湿り気が、足の甲に……生に……、いや直に――。


「両手は頭の後ろで組む!」


「ふぁい!」


「お腹に力を入れて、ふーっと息を吐きながら上体を起こす!」


「ひゃい」


「いーち」


 ぐいっと上体を起こすと、美惑の顔が間近に迫る。

 ドクンと心臓が跳ね、ゴクンと喉が鳴る。


「にー」

 俺の膝に顎を乗せて、微笑んでいる。


「うぉー」


「さーん」

 上目遣い、やめろ!


「しー、頑張って。まだ4回よ」


「ちょっとタンマ!」

 しばし天井を仰いだ。


 腹筋自体はまだまだ余裕なのだが、このシチュエーションに理性が悲鳴を上げている。


 しっとりと足の甲を覆う感触と、脛を覆うFカップ。

 挑発するように見下ろす眼。

 これに理性を保てる男がいたら、連れて来てほしい。


「ぐぅおーーー」

 しかし、俺は耐える。

 バッキバキの体になって、白川を見返してやるんだ。

 凍てつく無表情をとろとろに溶かして、この足元にひれ伏させてやるんだ。


「ごー」


「うぉおおおお」


「ろーく」


 しかし、やはり未だ脳内を支配しているのは、今朝のあの桜色の笑顔だ。


 俺だけに向けられたあの笑顔は、今頃あいつに向けられているのだろうか。


「ぬぉおおおおおおおおおお」


「しーち。ゆっくりね。呼吸を忘れない」


「ほい!」


「はーち」

 目を閉じて、美惑と目を合わせないよう、意識を別次元へ飛ばす。


「きゅー、じゅー。はい、ちょっと休憩」


「ふーふーふー」


「まだまだね。こんななよなよした体じゃ雨音に勝てないよ」


 ペロっと俺のTシャツを捲って、たよりない腹筋を指先でなぞった。

 ぞわぞわぞわっと力が抜ける。


 急いでTシャツを戻し起き上がった。

「うるせー。まだ始まったばっかりだろ、これからだろ。そういうお前はどうなんだよ。さぞ立派な腹筋なんだろうな?」


「見る?」

 ぺたんと女の子座りしている美惑は、そう言って、ぺろんとブラウスの裾を捲った。


「うお!」


 胸のせいで、てっきりむっちり体形だと思っていたが、美惑の腹は彫刻のようにきれいな腹筋が形成されていた。

 きゅーっと絞られたウエストは推定58㎝。

 スカートのウエストにはまだ指が3本ほど入る余裕すらある。

「すげー」


「毎日欠かさずダンスレッスンと筋トレしてるし。そのうち大衆の目に晒す体やけんね。手は抜いてないよ」


「ふえー、御見それしました」


「さ! 今度は腕立て。不意に抱きしめられた時、ドキっとさせるような、ムキムキの上腕二頭筋になるのよ!」


「おっ、おお!」


 モチベーション上がって来て。

 俺は床に両手を突き、腕立ての態勢を作る。


「ふぇっ?」

 またまた変な声を出してしまったのは他でもない。

 美惑が俺の背中に、うつ伏せで乗っかったからだ。


 柔らかい温もりが背中を覆っている。


「な?」


「負荷よ」


 そう言って、両腕を俺の首に巻き付けて、耳元に口を寄せる。


「ゆっくり行くわよ。いーち」


「いーーーーーー」

 ふにゃんっと床にへたれ込んだ。

 とてもじゃないが力が保てない。


「ダメね。意気地なし」

 耳元でまるでエコーがかかっているかのように脳内に蔓延する美惑の声。

 意気地なし、いくじなし、イクジナシ、イイクジナシ……。


「ふんぐぅーーーーーー。やってやんよーーーー。ぐぅおおおおお」


「その調子、頑張って、良太」


 その言い方が甘いんだよ。

 ほのかにいちごみたいな匂いを帯びた吐息はまるで媚薬のようで、頭を真っ白にさせる。


「さーーーん。上手。良太、凄い!」


「うぅぅおおおおおおお」


「しーーーーー、良太ちょー、かっこいい。その調子」


「っしゃーーーーーー」


「ごーーーーー、素敵、良太、日本一!」


「うりゃああーーーーー」



 甘くささやかれ、励まされ、おだてられ、なんとか腹筋と腕立てをクリアした。


「さて。今度は……」


 仰向けでへたり込んでいる俺の隣に、美惑が寝転がったかと思ったら。


「恋人の練習、しよっか」


 そういって、俺の上に覆いかぶさるようにして床に両手をついた。


 長い前髪の隙間から、黒目がちな瞳が俺の動きを封鎖した。

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