【10番目の悪徳勇者編<第3章:1/2>■零和充一の視点■】「傷ついた充一を癒やし、元気づけるためにミコナが取った行動にブリジットたちが大興奮!?」

「11番目の勇者は世界を救えないでしょうね。悪徳勇者になるのがオチです」

「でも山賊集団の件はどうなんだ?」

「アレはヒルダ副団長のおかげですよ」

「できればあのまま十塚剡弐を倒してほしかったんだけどな」

「でも弱いんじゃどうしようもできないし」

「おい」

「うん? あ……」


 彼らは俺に気づき、すぐに遠くへ立ち去っていった。


「……はあ」


 救護ハウスは冒険者協会から徒歩5分以内の場所にある。

 傷や病気を癒やすための憩いの場として利用されているそうだ。

 民宿としても機能を果たしており、1階は食堂になっている。

 2階の窓からソッと彼らを覗いていたのがバレてしまった。


「気にするな充一。堂々としているんだ。それに回復薬はすごいだろ? 怪我も病気も何もかも治せる」


 まさかこの世界は回復魔法が使用禁止になっているなんて。


 回復魔法があるといつでも戦えるため死への恐怖が薄れていく。

 命の価値観を甘く見ていることになり戦争が過激化するのだ。

 ゲームをするように死生観が狂ってしまう。

 平和のため、そして種族問わず同盟関係を崩さないためには命をぞんざいに扱ってはならない。


「薬は高額です。強い人ほど高い報酬が得られるので回復薬を大量に購入します。逆に弱い人ほどお金が稼げなくなるので戦い方が慎重になります。これが世の中です」


 ヒルダの説明を聞いて俺はうつむいた。

 肩を落としたままフラフラとベッドに近づき、震える声で「怖い」とつぶやく。


「え?」


 靴を脱いでベッドに飛び込み、布団を被った。


「お外が……怖い……」

「引きこもるな! お前が諦めたら世界が終わるんだぞ!」

「待ってフレちゃま。怒ってばかりじゃ相手が萎縮するだけだよ。充一くんの気持ちを考えてあげて」

「で、でもどうしたら」

「私に任せて」


 ミコナも強引に俺を外へ連れていくつもりだろう。

 そんなこと言われても俺は絶対に外へ出ないからな。

 世界を救う? 知るか。

 どうせ引きこもりの不登校少年じゃ無理なんだ。

 バカにしたけりゃすればいい。

 俺じゃ荷が重すぎたんだよ。


「よいしょっと」


 バサッ。


 うん?


「もうちょっとそっちに行ってくれる?」

「え?」


 もぞもぞ。


「やっほー充一くん」

「!」


 ミコナはベッドの上に寝転がっていた。


「な、何をしてるんですか! ミコナ!」

「ミコナ様!?」


 しかしブリジットだけが違う反応だった。


「来ましたワ! 勇者と魔王娘のイチャラブ! 本来は結ばれぬ者同士。禁断の恋。だからこそ燃え上がる! え? ここでヒルダも参加するの?」

「しないですよ! 百歩譲って私が寝ているところを充一さんに夜這いされたいです!」

「何を言ってるんだお前は!」

「三角関係も面白いのに。まあいいや。とりま攻めは勇者、受けは魔王娘にしちゃおうっと。いや逆もアリかも!」

「どこから取り出した!?」

「いつでも道具は召喚できるんだよ。色鉛筆でサッと描いちゃおう」

「描くな馬鹿者! イラストにはさせないぞ!」

「なにぉ!」


 ブリジットとフレちゃまが取っ組み合いの喧嘩をしている間、俺の手をミコナが優しく添えてきた。


「お布団ってあったかくてきもちいいね」

「あ、あの」

「添い寝するのはいやかな?」


 嫌なはずがない。


「もっと寄っていい? それともこっちに来る?」


 両手を広げて俺を誘っている。

 こ、これは天国なのか?


「おいで」


 俺は無意識に誘われるように彼女にすり寄る。

 優しく抱きしめてくれた。

 顔に胸が当たる。

 や、柔らかい……。

 しかも良い匂いがする。

 だけどミコナは気にせず、俺の頭を優しくナデナデしてくれた。


「放っておいてほしいって思ってる?」

「それは……」


 弱い姿を見られたくないのが男って生き物だ。


「私はね、感謝してるんだよ。充一くんのこと」

「感謝?」

「冒険者協会で泣き崩れる私を見て嫌がらなかったよね。私の気持ちに寄り添ってくれてすごく嬉しかった」


 ミコナの甘い吐息が額に当たる。


「私の気持ち受け取って」


 ちゅ。


「!?」


 額にしっとりとした心地よい感触が残った。


 まさか……キス!?


「み、ミコナ様!? 何を……」


 キスってこんなに愛情を感じるものなのか。

 これが唇だったら……どんな気持ちよさなんだろう。

 まだファースキスすらしたことがなかった。

 恋愛経験ゼロで童貞なこの俺にも……可愛い子からご褒美がもらえるなんて……。

 しかも体に温かいエネルギーが注がれるような感覚があった。

 苦しみや悲しみといった憎悪が取り除かれていく。


「お母様から教わったおまじないだよ。元気になってくれるとうれしいな」


 ありがとうございます! お義母さん!


「何回もできるの?」

「充一くんが満足するまでしてもいいよ?」

「お、おおお……」


 うれしさのあまり脳がとろけてしまいそうだ。


「いいねぇ~もっと盛り上げていこうかぁ!」

「おいブリジット! やめないか!」

「静かにフレちゃま。今濡れ場シーン」

「誤解を生むようなこと言うな!」

「ミコナ様……」

「フェイも何か言ってやれ!」

「まだ昼ですし、子作りするならせめて夜のほうが良いかと」

「オイ! お前もか! まったく! これだから最近の若い女は! どいつもこいつも妄想ばかりは一人前だな!」

「幼女に言われたくない」

「こう見えてお前らよりずっと長生きしている! 好きでこの姿になっているわけではないわ!」


 彼女たちが興奮している中、ミコナの優しい声が俺の心を癒やす。


「みんなに誤解されてるかもしれないけど、充一くんは強くて優しくてカッコイイ人だって私は知ってるよ。だって本当に頼れる存在だから」

「ミコナ……」

「たまにはこんな風に甘えてほしいな。この世界に来てくれてありがとう」


 や、ヤバい……泣きそう……。

 今までいたかこんな素敵な子。

 魔王が人間――しかも勇者に愛情を注いでいるんだぞ。

 普通ならあり得ない。

 でもこれでようやく分かった。

 種族なんて関係無いんだ。

 さっきまで俺はこの世界が憎いと思ってしまった。

 剡弐に敗北し、周りからバカにされる。

 またあの時の自分に戻ってしまうんじゃないかって諦めかけていたけど、ミコナの愛が俺の憎しみを断ち切ってくれた。

 感謝しきれないよほんと。


「キタキタキタ! うぉおおおお!」と興奮したブリジットの声が部屋中に響き渡る。

「私も充一さんに同じことをされてみたい……」とヒルダの声が聞こえてくるし、「ミコナ様……素敵です」とフェイのうっとりとした声が耳に届いた。


「ミコナ様から離れろぉ!」


 フレちゃまは俺の体を掴んで強引に引っ張ってきた。


「せっかく良いところだったのに」

「もう満足しただろ! ミコナ様、もう大丈夫ですよ。優しさも大事ですが、強さが無ければ世界を救うことができません!」

「休息は必要だと思うんだけど」

「調子に乗るな馬鹿者。英雄色を好むというが、色恋沙汰で身を滅ぼす英雄たちを私は飽きるほど見てきたのだぞ! お前にだけはアイツらみたいになってほしくないんだ! わかったな?」

「えー?」

「ほお? そこまで言うなら厳しい修行をしなければならないようだな」

「わかったわかった。フレちゃまには感謝してるって」

「ならばよいが」


 ヒルダは「充一さんが元気になったところで、そろそろ本題に移りましょうか。フェイさんからお話を伺いたいのですが」とフェイに尋ねた。


 フェイは静かに語る。


「私の故郷『グリムイバラ』は妖精たちが住む森の名前でして3000年の長い歴史を誇ります」

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