婚約者である王子と妹が不貞を働いている映像を送ってきたので複製して街中にばら撒いたついでに第二王子にも渡したら、なんか向こうが追放されててビビります
くろねこどらごん
第1話
『ああっ、愛してるよトアラ』
『私もですわ、ケツァナ様……』
なんなの、これは。
それはとある日のこと。映像の向こうで行われてる行為に目を奪われながら、私ことナンジーはホントにたまげ……もとい、驚愕していた。
「トアラとケツァナ王子、よね……間違いなく……」
私宛に送られてきた投影石。手のひらほどの石の中にその場で起こった出来事の記憶を封じ込め、その映像を魔力を通すことで映し出すことが出来る魔道具だ。
なにかしらと思いつつ、魔力を通して再生してみると、そこには私の婚約者であると同時に、この国の第一王子でもあるケツァナ様の姿があったのだ。
『ケツァナ様、私のほうがお姉さまよりずっといいでしょう? 私の方が、貴方のことをもっともっと愛しておりますもの』
いえ、それだけじゃない。ケツァナ様に抱きつきながら熱烈な口付けを交わす女性にも見覚えがある。
トアラ。別の方と婚約しているはずの妹が、画面の向こうで私のことを蔑みつつ、私の婚約者とともにいた。
『勿論だとも。もう私には、君のことしか考えられない』
本来なら拒絶しなければいけないはずなのに、王子の瞳は妹のみを捉えていた。そこには私など映っていない。
私の婚約者はもはや、私の妹に陥落しきっている。
それが分かってしまった。同時に理解する。
私は婚約者を奪われたのだ。それも、血のつながった妹に。
私は妹に裏切られたのだ。長年ともに過ごしてきたはずなのに、婚約者にも裏切られた。
『ふふっ、お姉さま。今どんな気分? 王子の心を手に入れた今だから言うけど、私はお姉さまのこと、ずっと嫌いだったの。王妃に相応しいのはこの私なのに、私より早く生まれたというだけで第一王子の婚約者に収まった、お姉さまのことが憎くて憎くてたまらなかったのよ!』
「あ、ああああ……」
全身が震える。絶望が襲いかかる。
『さて、ナンジー。悪いが君との婚約を破棄させてもらう。同時に、君はこの国から追放させてもらうよ。トアラがそう望んでいるんでね。悪く思わないでくれ』
『そういうことよ、お姉さま。この投影石が届く翌日には、王宮に来るよう家に使者をよこすわ。これはそれまでに覚悟を決めてもらうために撮っているの。慈悲深い妹に感謝してね。うふふふふ』
これが、これが略奪。これが、婚約者を奪われるということなの?
なんでふたりが楽しそうに笑っているのか、全く理解できない。脳が破壊される感覚で、心が壊れそうになる。
『要件はこれまで……と言いたいところだけど。せっかくだから、君に見てもらおうか。私とトアラが、どれほど愛し合っているのかを、ね』
『あんっ♡ 王子、そんな強引に……』
「ああああああああああああ!!!!!」
絶叫とともに、私は部屋を飛び出した。
もうこれ以上、あの映像を見ていることなんて出来ない。
私の心はこの瞬間、粉々に砕けてしまった。きっともう、二度と立ち直ることは出来ないだろう。
それほど心に深く傷を負っていたのだ。
今は叫び続けることしか、心の闇を吐き出すことが出来ない。
激しい絶望感に襲われながら、私は屋敷の倉庫へと駆け込んだ。
「ああああああああああああ!!!!!」
そして勢いのまま、倉庫の中に放置してあった空の投影石へかたっぱしから王子と妹の情事が入った投影石の映像を複製魔法を使いコピーしていく。
投影石のいいところは、何の映像も入っていない別の投影石に映像をいくらでもコピーし放題であることだ。
「ああああああああああああ!!!!!」
軽く百を超える投影石に王子たちの情事を全て投影し終えると、同じように倉庫に放置してあった大量の巾着袋に、投影石をひとつずつ入れていく。
袋を絞める紐の部分には金貨がくくりつけられているが、これは巾着袋が必ず誰かに拾われるようにするためのちょっとした仕掛けだ。
「ああああああああああああ!!!!!」
現在この国では、貴族の浮気現場に居合わせた普段雇い主からパワハラを食らいまくってる下男や従者、女中などがその映像を隠し撮りし、腹いせにコピーした石を街中にばら撒くリベンジ断罪というものが流行っており、その際に用いられるのがこの巾着袋なのだ。
「ああああああああああああ!!!!!」
金貨欲しさに巾着袋を拾った浅ましい市民なら、必ず中身も確認するに違いない。そんな心理を突き、中に貴族のスキャンダル映像が封じられた投影石を入れておく。
当然、金貨を拾うような低俗な人格の持ち主である映像を見た者はその内容を他人に嬉々として風潮する。中には映像をコピーし、売りさばこうとする者もいるだろう。
そうしてあっという間に映像は拡散され、その映像に映っている貴族の権威は失墜する。
「ああああああああああああ!!!!!」
それがリベンジ断罪。流行りもの好きの妹が父にねだり、大量に仕入れたはいいものの、使う機会もなく倉庫に放置されていたのだが、まさか妹自身のスキャンダルのために使われることになろうとは。人生とは、かくも分からないものである。
「いよっし!!!!!」
私は投影石を全て巾着袋に詰め込むと、それをまた別の大きな袋にまとめて入れた。
そして自身に
「ああああああああああああ!!!!!」
後はもうひたすら巾着袋をぶん投げた。そりゃあもう、凄い勢いでぶん投げた。
おそらく160キロメイルは出ていたのではないだろうか。メジャア二刀流の開祖オタニーや、レイワの怪物と言われたササーキーに匹敵するほどの速度で投げられたそれらは、王都の空に高々と舞い、やがて誰かの手に渡ることだろう。
そんな空想に思いをはせながら投げ続けていると、やがて目的地だったとある大きなお屋敷へとたどり着く。
「あの、すみません。私、エーミン侯爵家のナンジーと申します。妹トアラの婚約者である、第二王子ラグロ様にお渡ししたいものがあるのですが」
「ラグロ様ですか? 丁度今屋敷の方におりますので、すぐ取り次ぎさせて頂きますね」
「ありがとうございます。ではこれをどうかラグロ様に。あ、せっかくなので貴方にも差し上げますね。どうぞ」
「あ、ご丁寧にどうも。誰かのスキャンダル映像ですか?」
「ええ。第一王子と妹の自撮り不貞映像となっております。今なら新聞社あたりに高く売れるのではないでしょうか」
「お! ホントですか!? そりゃあいい! お気遣い感謝します! ラグロ様もきっと大喜びですよ!」
「いえいえ、それではー」
「あざしたー」
門番さんと軽い会話を交わし、投影石を渡した後、私は家へとダッシュした。
「ああああああああああああ!!!!! ………ふぅ。運動してさっぱりしましたし、寝るとしましょうか」
久々にいい汗をかいたことで、なんとも言えぬ清々しい気分になった私は、その日思い切り熟睡したのだった。
「ケツァナ、お前
「 」
どうしてこうなったんだろう。
私は王城の会議室に集まった王と第二王子、そして元婚約者であるケツァナ様と妹を見ながら、両手で頭を抱えていた。
「な、何故……どうしてこの私が廃嫡などに……」
「…………」
ちなみに元婚約者であるケツァナ様は、可哀想なほど動揺していた。まぁそりゃあそうだろう。なんてったって今日は私との婚約を破棄してトアラと一緒になる門手の日であったはずだし。
今の元王子の立場は本来なら私がなるはずだったから同情はしないが、目論見が外れたってレベルじゃない。
ちなみにトアラの目は完全に死んでいた。所謂レ○プ目だ。勝ち誇った笑みを浮かべていたあの映像とは、180度真逆だった。
「で、余の跡を継ぎカクティの王になるのは第二王子であるラグロ、お前だ。よく余にケツァナの不貞を知らせてくれた。ケツァナは全くもって嘆かわしいほど不出来な息子であったが、お前には期待している。トアラ嬢との婚約は破棄することになるが、構わないか?」
「はい、大丈夫です。王である父上が決めたことに異論などございません」
爽やかな笑みを浮かべながら言い切る第二王子ラグロ様。
あれはしてやったぜというやり切った笑みだ。私には分かる。だって多分、私も昨日同じ顔をしていたし。
「ま、待ってください父上! 何故私が廃嫡なのです! 私はただ、真実の愛に気付いて……」
「あ゛?」
ただ、やはりというか納得いかないだろうケツァナ様が王へと抗議しかけたが、その言葉は野獣の如き王の眼光によって遮られた。
「なにお前。廃嫡だって言ったろ。なんで余に物申そうとしてんの? 不敬ぞ? 処刑してもいいんだよ?」
「え、あの。その」
「お前さぁ。なんで勝手に婚約破棄しようとしてんの? お前の婚約決めたの、余だよ? 父である以前に、この国の王である余が決めたことだったの。王の命令に、お前逆らったんだよ? 余の顔に泥を塗ったの。分かる? お前に破棄する権利とか、そもそもないの。なかったの。なかったことを勝手にしようとしたの。おかげで色々面倒なことになってるしさぁ。余は余を馬鹿にするやつがこの世で一番嫌いなの。息子だから廃嫡程度で済ませるんだよ? 寛大だと思わない? 思うよな? な?」
王らしい、凄まじい圧だった。
王の威圧を間近で受けたケツァナ様はコクコクと人形のように首を動かしてるけど、あれは多分漏らしてる。私には分かる。私もぶっちゃけ少し漏れそうだし。
「なんで私、ここにいるんだろう……」
いや、分かってる。当事者だからそりゃ呼ばれるし呼ばれたし。
ただ、居心地が悪い。半端なく悪い。顔見知りは話が出来る状態じゃないし、後のふたりは王と新たに世継ぎになる王子だ。
私は第一王子の不貞によって婚約者の立場を失った被害者の立場になるのだろうけど、それはそれとして場違いだ。いっそのこと、この会議室から追放してくれないかな。そのほうが色々楽になれるんだけど。半ば現実逃避しかけた、その時だった。
「コホン。しかし父上、此度の件は私ひとりの力で気付けたわけではありません。兄上の不貞を、教えて下さった方がいるのです」
「む、そうなのか?」
「ええ。その方とは他でもない……そこにおります、ナンジー・エーミン侯爵令嬢であらせられます」
「え」
この流れで、まさかのキラーパス。
いきなり名前を呼ばれ、思わず絶句してしまう。
「彼女は先日、私のもとに兄上たちの不貞が収められた投影石を届けて下さったのです。婚約者に裏切られた傷心の身で、たったひとり我が屋敷へと赴いて……」
「なんと……実に気丈な……」
「ええ。芯の強い女性です。私にとって元婚約者であったトアラとは比べ物にならないほどに……」
いやいや。
いやいやいやいや。
いやいやいやいやいやいやいやいや。
やめて。褒めないで。私に注目向けないで。
今空気に徹したいから。あと、別に傷心してなかったんで。
たくさん石ぶん投げたら、むしろスカッとしたっていうか。
運動。そう、運動ですよ運動。身体を動かせば嫌なことは忘れるものですから! なんなら今から王宮から走って屋敷に帰ってもいいんで、注目するのやめて!
だって、あの石はそもそも……。
「ん? そういえば、バカ息子の投影石が大量にばら撒かれたと聞いたんだが、そのオリジナルは確か……」
あー! ホラ、やっぱり気付いた! 気付いちゃった!
いや気付きますよねそりゃ気付きますよ! でも気付いて欲しくなかったんですけど! これ、私も追放食らうのでは!? その可能性高いです絶対!
「ええ。彼女が持っていました」
「あ、やっぱりそうなの? じゃあ余に迷惑かけた罪で彼女も追放……」
「ですが、それは彼女が石を取り戻したからです」
え、どういうこと。第二王子、なに言ってんの。
「ん? どういうことだ?」
「実は兄上の投影石を侯爵家へと配送する途中、賊に石を奪われたのです。そのことに気付いたナンジー嬢は賊を追いかけ、自らの手で賊から石を取り戻したのですが、その時には既に石は複製され、映像は賊によってばら撒かれてしまっていた……彼女はそのことを無念に思いながら、私の屋敷に奪い返した石を届けてくれた……そういうわけなのです」
いや、そういうわけなのです、じゃないと思うんですけど……。
その筋書き、絶対無理ありますもん。
私、侯爵令嬢なんですよ?
なんで侯爵令嬢が、自ら賊を追うんですか。そういうの、憲兵とか門番とか、そういう人たちの仕事だと思うんですけど。侯爵令嬢と書いて蛮族と読まれても困るんですが。
「なんと、そうであったか……! 実に気丈な……」
嘘でしょ。王様、信じちゃったよ。
王様の中では気丈と書いてつよつよって読むんですかね。私これからつよつよ令嬢って名乗ればいんですか嫌なんですが。
「ええ、実に強く、素晴らしい女性です。そして私はそんな彼女に、心惹かれつつあるのです」
こっちはこっちでなんか言い出したよ。
「ほう? ラグロ、お前もしや……」
「ええ。よろしければ彼女を……ナンジー嬢を、私の新たな婚約者として迎え入れたいと思うのですが、よろしいでしょうか」
「え!? 私を!?」
なんでそんな流れに!? 昨日の今日で!?
「ちょっと待ってください!」
混乱していると、不意に待ったの声が聞こえてくる。
「なんで、なんでお姉さまが婚約する流れになってるんですか!? おかしいでしょう!?」
荒げた声でそうまくしたてるのはトアラだった。あまり同意したくはないが、妹の意見には頷かざるを得ないものがあるのは確かである。
「おかしい? 何故ですか? 少なくとも私を裏切り、兄と不貞を働いた貴方よりは、よほど真っ当な方だと思いますが」
「そんな!? さっきの話、明らかに嘘じゃないですか!? お姉さまにそんな行動力あるはずが……あるはず……いや、あるかも……」
おい、ちょっと待て妹。それはどういう意味だ。
私のこと、どう思っていたのよ。憎たらしいとか言ってたけど、そこで言いよどんで欲しくはなかったんだけど。
「でしょう? 私は行動力のある女性が好きでね。まぁ不貞を働く方向の行動力は御免ですが、ナンジー嬢の正義感と行動力は大変好ましい。是非我が妃として迎え入れたい。そう思っているのです」
ええ? 正義感とか言われても……。
行動力は否定しないけど、私はただ好き勝手に石をばら撒いただけなんですよ?
それに婚約者を乗り換えるとか、まるで私が勝ち馬に乗ろうとする悪女みたいじゃないですか。
私はただ腹いせとストレス解消のために石をぶん投げてばら撒いただけで、そんな意図はまるでない善良な侯爵令嬢なんですがそれは。
「あ! ちょっと待ってくださいな! 今思い出しましたが、そういえば私お父様におねだりして屋敷に大量の投影石を……」
「っらああああああああああああ!!!!!」
突如妹が余計なことを言い出したので、私は持っていた投影石をぶん投げた。
「はうっ!」
「んごえええええええええええええ!!!」
絶妙なコントロールで投げられたそれは妹の顎を掠めたのち、大きく弧を描いてトアラの隣に座っていたケツァナ元王子の顎に直撃し、見事粉砕。
石により脳を揺らされた妹は白目を向いて卒倒し、元王子のほうは顎を砕かれた痛みで椅子から転げ落ち、ピクピクと痙攣し始めた。
それを見て私は口封じが上手くいったことを確信し、安堵する。
(ふぅ、危なかったぁ。覚えててよかった魔球
万が一厄介なことになった場合、証拠として録音でもしておこうと思い、懐に忍ばせていたのだが、物理的に役に立つことがあろうとは。人生とは、かくも分からないである。
「一投でふたりを仕留めるとは……それも元婚約者と実の妹を相手に一切躊躇せず……まるで若い頃の余を見ているようだ。なんと気丈な……」
何故か王様は震えていますが、ちょっと聞き捨てならないんですけど。
重ねて言いますけど、私ただの侯爵令嬢なんですよ? 王様と一緒にされても、困惑しかしないんですが。
(よし、言おう。嫌ですって、ハッキリ言おう)
とりあえず一旦落ち着いたことで、再度自分の意思を固める。
この流れじゃ私まで後々市民に馬鹿にされかねない。
後の世でビ◯チ扱いされないためにも、私は強制的に婚約されそうな状況を止めるべく動きかけたのだが。
(ば・ら・し・ま・す・よ)
その時、第二王子の口パクが見えた。
声には出さなかったけど、バラすとハッキリそう言っていた。
バラされたら? その時は……私は横目で妹をチラリと見る。
白い泡を口からブクブクを吹き出しながら机に倒れているトアラは、まさにこの世の終わり。
断罪されたバッドエンド令嬢の末路もかくやといった有り様だ。
ああなりたいかと言われたら、それは嫌だ。だって私、令嬢だし。か弱い女でしかない私は、追放されたら生きていける自信がない。追放されるのは嫌だ。凄く嫌だ!
「……よろしく、お願いします」
「ええ! こちらこそ! どうか末永くお願いしますね。ははは!」
選択肢のなくなった私は頷くしかなく、王子は腹黒い爽やかな笑みで、婚約を告げてくるのでした……。
ちなみに後日。
「すみません、ナンジー嬢。先日チクペン公爵家がやらかしましてね。話題そらしのためにも貴方のいろんな意味で強い正義感で、また是非投影石を街中にばら撒いてきて欲しいのですが、よろしいですよね?」
「 」
やっぱり腹黒かった王子になんやかんやこき使われながら関係を続けることになるのは、また別の話である。
婚約者である王子と妹が不貞を働いている映像を送ってきたので複製して街中にばら撒いたついでに第二王子にも渡したら、なんか向こうが追放されててビビります くろねこどらごん @dragon1250
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