第2話 彼女

 心の穴さえ埋められればそれでいい。

 彼女とかになってしまうと面倒臭い。

 普段好き勝手にやらせているのは心の穴を埋めてくれる代償だ。

 だから多少のわがままは聞く。

 ただ、我慢できる程度を超すこともあった。

 なにか決めてほしいという。それは自分が不幸を背負う行為だ。だからしたくなかった。二択を選ぶのさえ難しかった。なぜならその分岐の先に「自分のせい」という不幸が見えるのだから。

 イベントに誘われる。そもそも人間が嫌いだ。特にイベントに来るような人間は自分の好きを追い求めて来ている。好きという感情に前向きになれない俺としては、そんな人間たちを目にするのは毒に他ならなかった。

 浮気ならいくらでも許した。一応、心の拠り所を失くすのは嫌なので、罰は与えたが、正直なところを言えば、こちらが気づかなければ別に良かった。

 それでもよく俺のことを愛してくれたと思う。それを俺は素直に喜べなかった。期待させる分、絶望は大きい。どこかできっと絶望する。それならいっそ期待させないほうがいい。

 だからこそ、「彼女」であるということを否定した。

 自信がない。その一点だった。

 強がって見せるのは、依存したくなかったから。

「嫌だ、一人にしないで」

「ずっと好きでいて」

 なんて本気で言ったら、言葉にしたら、俺はきっと依存してた。

 ポストに綴った言葉は、ずっと言えなかった言葉だ。

 言ってしまえば、彼女を地獄に落とすだろうと、そんな予感が頭にあった。と、そこまで言うと厨二病臭いか。

 とはいえそんな言葉で彼女と自分を縛り付けたりしたら、身動きが取れずに溺れていくと、そんな気がしていたのは事実だ。

「いつか俺をこっぴどく振って、どこかへ消えてほしい」

 そんな欲望さえあった。

 それなのに、彼女はずっと好きでいてくれた。

 楽しそうに話をしてくれた。

 本当はすごく感謝している。

 たぶんこういうふうに考えていることも見透かされているような気がする。

 小っ恥ずかしくて言いたくないけれど、どんな表情でも、可愛くて素敵だった。

 大好きだった。

 それなのに、俺の期待は裏切られ、こっぴどくは振ってくれなかった。

「胸をしつこく触る君が嫌い」

「死ね」

 くらい言ってほしかった。

 なんだよ人としては好きって。

 俺が偏屈で最低な人間にだって知っているくせに。

 これも嫌がらせか。これを招いたのも自分の責任か。

 そうやってまた、自分を嫌いになっていった。

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