みかん
鳳つなし
第1話 自分
一人目の彼女に、死にたいと語った。
彼女はカッターナイフを取り出し、死ぬなら自分も死ぬと言った。
その時から一人の決断が誰かを殺し得るということを知った。
小学生の頃からいじめを受けていた。
いじめと言ってもパシリくらいで、思い詰めるほどのものではないような、そんな軽いいじめ。
自分でもわかっていた。「自殺するほどではない」と。
クラスで嫌がらせをされた時、担任にいじめられていると告白したが、いじめられるほうにも原因があるのではないか。その原因に心当たりはないかと問われた。
思い浮かぶものは特にはなかったが、大人の言うことが間違っているとは思えなかった子どもの自分は、静かにいじめを受け入れた。
中学生になり、それは悪化したものの、軽い暴力程度のもので、死ぬほどではない。
けれど部活中、首を締められているところを発見され、それぞれの親が呼び出される事態に発展した。
これもどうということはない。
だって、親が呼び出されようと、家まで謝罪に来ようと、いじめがなくなるわけがないと、わかっていたから。
それどころか、「お前のせいで教師にうるさく言われた」といじめは陰湿になった。
どうということはない。
母親に対し、「悪いところが似た」と発言したことがある。
すると母は「なんでも私のせいにしないでよ」と語気を強めた。
その頃には「生まれてくるべきじゃなかった」と思うようになっていたのだが、この体験から、自分が辛い思いをするのもすべて、自分の責任なんだと思うようになった。
どうということはない。
どうということはないのだ。
死ぬほどのことじゃない。
誰かを殺すほどのことじゃない。
いじめられて辛い思いをするのも、怪我をするのも、生まれてきてしまったことも、全部自分のせいなのだと、心の片隅で自分を責めた。
人は嫌いだ。
嫌いにならないわけがないだろう。
それでも世界はその感情を否定する。
とあるドラマの主題歌に「人は悲しみが多いほど、人に優しくできるのだから」という歌詞がある。よく学校に行きたくなくて休んだ昼下がりに、母親が観ていたのを覚えている。
優しくなれるわけがないだろう。
優しく見えたのだとしたら、それは世渡りのための仮面であり、その下では必死に唇を噛んで堪えているに過ぎない。
そのドラマのワンシーンに、「腐ったみかん」というフレーズが登場する。
淡い記憶でその詳細は思い出せないが意味はわかる。腐ってしまったみかんは、同じ箱の中のみかんを腐らせてしまうという。
自分はそうはなるまいと、腐らずに頑張るのではなく、腐った事実を隠蔽して、皮だけ綺麗に保ったままでいようとした。
だってもう心は腐りきっているのだから。
楽しいという感情を持てない。一時の楽しさの先に不幸が待っていると思うと、心の底からは笑えなかった。
そんな未来のない自分に誰かを幸せにできるなんて、到底思えなかった。
だってきっと、どこかで不幸があった時、それを全部自分のせいにしてしまうから。
自分の決断が誰かを不幸にしている事実に、俺は押し潰されそうだった。
だからなにかを決めるという行為が嫌いだった。
全部自分のせいだから。自分のせいにされるのが怖いから。
過去3人の女性とお付き合いをしていたが、皆別れる時に悲しませた。別れる理由はすべて、相手を幸せにする自信がなかったから。幸せになれる決断ができる自信がなかったから。
そんな自分勝手な理由で別れ、寂しさを埋めたいという自分勝手な理由で付き合ってを繰り返した。
最低な人間だと自覚している。
だから彼女はもう作らないほうがいいと思っていた。
糸さんと出会った頃にはまだ3人目の彼女と付き合っていたが、その頃には年齢というのもあり、自分が縛り付けて不幸にしてしまっていることが嫌になっていた。
そんな中で出会った彼女は、自分よりも年上で、なんでも決断してくれる、優良物件だった。
だからこそ「恋人」であることは否定した。
そのほうが、彼女も自由でいれると思ったから。
そんな言い訳を取り繕って過ごしていた。
本音を言えば、自分が自由でいたかったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます