第4話 ハムーニャの思いがけない出会い
うっかり眠ってしまったせいで、見知らぬ青年に拾われてしまった。厄介なことにワタクシを飼おうとしているようだ。とんだ予定狂わせだ。
青年はリュックサックの中にワタクシを入れて、どこかへ向かっている。
逃げようと思えばいくらでもタイミングはある。だが、その前に念のため、リュックサックの中で財布を漁り身分を確認した。
彼の名前は坂東蓮。19歳。東京都出身。
学生証に京大医学部と記載されている。なんとワタクシが潜入しようとしている医学部の学生ではないか。
しめたぞ。これは有力な情報に繋がるかもしれない。この出会いは予定狂わせどころか、思いがけぬ近道の予感がする。そんなわけで、逃げることはひとまずやめ、蓮についていくことにした。
この日、蓮はようやく一人暮らし用の家を見つけた。
入居初日、蓮からウーハーイーツの残り物をもらった。大学生のわりに随分と贅沢なお弁当を食べていると思ったら、本来頼んでいたファストフードは届かず、配達員のミスで他のお客さんのものが届いたらしい。
それにしても、ウーハーイーツでこんなに高級な料理が運ばれてくるとは日本は食に恵まれている。
もらった蓮根饅頭をひと口食べると、天にも昇る気持ちになった。味わったことのない多幸感に包まれてワタクシは眠ってしまった。
翌朝、蓮のピアノの音で目が覚めた。しばらく聴き入っていると、先ほどまでの明るいFメジャーのモーツァルトとは打って変わってdマイナーのバッハを弾き始めた。
すると突然、強い耳鳴りがしてワタクシの頭の中に誰かの過去が入り込んできた。
なんだ?なんだこれは?不思議な感覚だ。
最初は何が起きたのかわからなかったが、それは蓮の幼い頃の思い出のようだった。
ハムスターを見ると父さんのことを思い出す。
僕は引っ込み思案で小学校に馴染めなかった。唯一の友だちは家にいるハムスターだった。その数は50匹超えだ。
「蓮、今日もハムちゃん値下がりしてたよ〜うちで幸せにしてあげよう。」
そう言って父さんは月に1度はペットショップで売れ残った動物を可哀想だと言って買ってきた。
小学校2年生のクリスマス、父さんは僕に世界にひとつしかないプレゼントをくれた。それはハムスターのケージを静かに彩るイルミネーション。ハムスターが滑車を回すと発電するオリジナル装置だ。今思えば、これが、僕と父さんの最後の思い出だった。
その後、両親は離婚。母親に引き取られた僕は大好きな父さんとハムスターと引き離された。
高校生の時、父さんは悪性度の高い脳腫瘍を患って亡くなったと知らされた。僕はあれから一度も会わなかったことを、今もひどく後悔してる。医学部に入ったのもこれがきっかけだった。父さんの病気を治せる技術は当時なかったから、自分の手でその治療法を確立したい。そんな思いで京都に来た。
そんなところで蓮の回想は終わり、ワタクシの頭は平常に戻った。
人間というのは恐ろしく浅はかな生き物で、信用してはならないとワタクシの国では言われている。人間は誰かに必要とされたいという承認欲求を満たすために動物を飼い、都合が悪いと見捨て、時に残酷な実験に利用する。だがワタクシの想像していた人間と、蓮の見た過去は少し違った。蓮は動物に優しい。人間というのは必ずしもこわいものではないのか。
いやいや、ここで情が働いてしまえばスパイ失格だ。ワタクシは気を取り直して潜入調査の計画に頭を切り替えた。
「ハムちゃん、君のケージとか餌とか一式買ってくるよ。留守番しててね。」
ケージだと?ワタクシは生まれてこのかたそのような檻に入ったことがない。そんなもんは必要ないぞと言いたかったが、彼には出かけてもらえると助かる。
蓮が出かけた後、ワタクシは彼の学生アカウントをのっとり情報収集をはじめた。
今回の任務は、最先端の遺伝子情報を盗み、国に持ち帰ることだ。この遺伝子はユーゲンという特殊なタコから取ることができ、あらゆる動物の老化を防ぐことができると言われている。
上手く使えばハムスターの寿命を70年くらいは伸ばすこともできるかもしれない。
そのタコの生息地はいまだわかっていない。ただ、ひとつ手がかりがある。京大医学系研究室の察時という教授がユーゲンダコの研究をしていることだ。どうやら日本国から助成金をもらい実験をしているようなのだ。ワタクシは察時の研究室に潜入し、タコの生息地を明らかにする予定だ。
まずは教授のスケジュールを確認だ。確実に研究室にいない時間はいつだろうか。
待てよ。その前に厄介な存在がいるではないか。研究室秘書だ。こちらの行動にも気をつけなければならない。さて、どうしたものか。そうだ、いいことを思いついたぞ。
京都には駐在している協力者がいる。アンビエント国のスパイの一員だ。
ワタクシはやつに教授秘書の行動を追跡するように依頼した。ひとまず、その報告を待つことにしようではないか。
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