第42話 繋がってゆく点と点
お茶を飲みながら一息つくなか、クラージュが喋りはじめた。
「ところでなのだが、巷で囁かれている、とある噂話を聞いたことがあるか?」
「どないしたんや、クラージュはん。どんな話でっしゃろか?」
「ここのところ、行方不明事件が多発しているらしい。特に共和国では顕著だそうだ」
「まあ、戦争が終わって魔族と人間の交流が広まっとるけど、同時にトラブルも起きとるからな。いつになっても物騒な世の中やけ」
「そうか、ロクァース君はそういった捉え方をするのか? 皆はどう思う」
「別に、」チュダックが答えた。「だが今も昔も、世の中物騒だという意見には賛同するぜ」
「あたしは、なんとも」サンダラーはなんとも言えないという感じで肩をすくめてみせた。
「わたくしとしては、」レザールは少々遠慮がちだった。「トラブルを起こすのは、人間のほうが多いように思いますけどね」
「恨みを買っているのは、人間のほうだと?」
「ええと、まあ、わたくしの意見ではありますが」
「あの、」これまでほとんど静かにしていたコルテシアも答えた。「そもそもなんですけど、そんな噂話初めてききますけど」
「まあまあ、特にこの件で深い議論をするつもりはないのだ。だが、少し視点を変えて考えると、なかなか興味深そうな話だとは思わないか?」
「なんや? 他にどないなことがある言うんや」
「まあ普通なら、そうであろうな。実はこの行方不明事件について、その瞬間というものを目撃したという話がいくつかある」
「どういうことや、行方不明の瞬間? そりゃ奇妙な話やな。それか誘拐でも起きとるんかいな」
「その目撃例では、人が地面の中、あるいは何の変哲もない壁の中へ、まるで吸い込まれるようにして消えた、というものらしい」
「ほんまでっか? それか、どっかの魔族がなにか良からぬこと考えとるやろうか?」
「どうだろうな? グノシー、君は以前に実地での調査に協力したことがあると聞くが、君はどう思う?」
「うん。でも現場からは、特にこれといって、魔方陣の類も、魔術や魔法もなにも、そいう痕跡は見つからなかったよ。もちろん、僕が調べたところだけなんだけど」
「まさかクラージュはん、この〈扉〉やとか異世界やとか、この件と関係しとると考えるんか?」
「可能性は否定できないと思う。それに今の私の直感では、大いに関係していると踏んでいる。それに、その彼ら彼女たちは、どこへ行ってしまったのだろうな。もしかすると、私たちが魔窟探索のときに地下で迷い込んだような世界かもしれない」
「なんや? クラージュはん。わてらが迷い込んだ、あの黄色い壁の迷宮も関わっとるとでも言いはるんか?」
だがクラージュは、まだ自信は持てないという感じに肩をすくめてみせた。
それからロクァースはチュダックのほうを向いた。
「せや、チュダックはん! その異世界へ繋がるっちゅう〈扉〉とやらの先は、どないな景色がひろがっとるんかいな? 見たんやろ?」
チュダックはクラージュの話を興味深げに聞いていたようだった。
「ああ、そうだな。俺もちゃんと中へ入って見て確かめたわけじゃないが。黄色い壁と、天井に奇妙な白い明りが照っているのは見えた。少なくともこの世界じゃない、異世界といって差し支えないような景色だったぜ」
黄色い壁という彼の言葉に、クラージュもロクァースもグノシーも、あの迷宮をさまよい歩いたときのことが記憶によみがえった。
さらにロクァースは続けて聞いた。
「あんなあ、チュダックはん。その黄色い壁のある世界ちゅうんは、虫でもようけ飛んどるような、けったいな音がしとらんかったか?」
「ん? まあ、たしかに耳障りな音が聞こえていたような気もするが、どうしてお前さんたちは、そんなことを知ってるんだ?」
だがロクァースはそれには答えず、またクラージュのほうを向いた。
「クラージュはん、どないに思いまっか? この話はやっぱホラじゃなかで。やっぱりわてら、とんでもない人物と出会ってもうたかもしれへん」
・魔窟の地下にあった不可思議で怪奇なダンジョン
・グノシーが調査を請け負ったという要塞から運ばれた
・共和国を中心に発生している奇妙な行方不明事件
・異世界への〈扉〉を作ったという自称
今、ばらばらの事象の接点が線で繋がろうとしていた。
クラージュは静かに言った。
「まだまだ話をする時間なら、たっぷりある。話し合いを焦る必要はない」
そうしてカップの紅茶を飲み干すと、グノシーに視線を向けた。
「さてと、グノシー君。気になっていることがあるのだが、質問をよいかな?」
「どうしたの? クラージュ」
「君が共和国で請け負ったという極秘の仕事についてだ。なんでも魔王軍要塞から見つかったものについてらしいが、いろいろと聞かせてはもらえないだろうか?」
それからチュダックのほうに目配せした。
「要塞から見つかった物だってのは、俺も気になるんだよな。探している〈扉〉も要塞にあったもんでね」
しかしグノシーは強気だった。
「でも、い、言えないからね。機密だもん」
「なら、なにも言わなくてよいぞ。ただし、質問には幾つか答えてもらう。それなら問題ないな?」
グノシーはうんともすんとも言えなかった。
クラージュは少しばかり不敵な笑みを見せてからチュダックのほうに向いた。
「ところでチュダック君。例の〈扉〉とやらの特徴について、いろいろと教えてくれないか?」
「それよりも、紙とペンを貸してくれればスケッチくらい描いてやるぜ」
「ならば、そうしよう」
クラージュは足早に部屋を出て、またすぐに戻ってきた。その手には紙とペンとインクのビンがあった。
「ではよいか?」
「ああ、これなら充分だぜ」
そしてチュダックは手短に、〈扉〉のスケッチを描いてみせた。
「ああ、ちょっと雑だけどな。こんなもんでどうだ?」
「ふむ、」
それからクラージュは絵をグノシーの前に差し出した。
「どうだろうか? グノシー、これと似たようなものを見たことはあるかな?」
するとチュダックが付け加えるように口を挟んだ
「おっと、言っとくけど大きさはデカいぜ。宮殿なんかの広間の入り口くらいのサイズがあるぜ」
「えーと……」
「はいか、いいえで答えてくれ」
このやりとりを見ていたロクァースは思わず噴き出した。
「ははは! クラージュはん。こりゃまるで尋問でっせ、グノシーはん可哀そうやわ」
「まったく。お笑いでやっているのではないぞ」
「ああ、こりゃすまんすまん」
「気を取り直して、見たことはあるのか?」
「う、うん」
「それは、共和国においてか?」
「うん」
そのとき、チュダックが声を上げた。
「もう決まりだぜ。共和国軍が接収したに違いない! あの日、押し入ってきた連中も共和国の兵士だった。忘れやしない」
チュダックは少し声を荒げた。
「にしてもまあ、どうやらあの封印魔法を解ける人材に事欠くくらいの状態らしいな。こんな気の弱そうな坊ちゃん魔導士に依頼するなんて。かつての共和国軍も哀れなもんだぜ」
「チュダック君、少し落ち着いたらどうだ? まだ決まったわけではない」
「どうだかな。状況証拠的には、少なくとも共和国が持ってることには違いないさ」
「では、そうだとしても、これからどうするべきか? というこはまた別の話になる」
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