第43話 一つのアイデア

「ところでチュダックはん、その〈扉〉ちゅうんを取り返したところで、どないしなはる?」


「そうだな……まあ、状況をみてみないことにはなんとも言えんが、放っておくわけにはいかないだろうぜ。


チュダックは荷物の中から紙の束を取り出して机の上に広げてみせた。


「ティザーはん、なんやこのけったいな書きもんは?」


「ちょっとばかし、俺の理論を整頓したものだ。もしも、あの〈奥の部屋バックルームズ〉につながる扉が、空間そのものに影響を与えるなら、世界がどうなっちまうのか? 計算をしてみないことには分からなかったからな。読んでみるか?」


そう言ってチュダックは、そのうちの一枚をロクァースのほうへ差し出した。


「はぁー、わてにはさっぱり理解できへんで。ティザーはん、このけったいな文章の羅列はなんや?」


「理解できなくても、あんたが困ることはないさ」


「ほいでも、こりゃ科学ってことなんは、わかるけどな」


「ほーん、お前さんにも教養ってもんが備わってるのか?」


「あ? なんやチュダックはん、わてのことバカにしとるんか?」


「いや別に」


「まあ、ええわ」


「ところでチュダック君。その異世界への〈扉〉というのは、閉じるというか、封印とでも言うべきか、そういったことができるものなのか?」


「今はまだ分からないな。かたちばかりの封印ならやってあるわけだが。あの程度じゃあ、腕の立つ魔術師や魔導士なら簡単に破れるだろうさ」


「だけど、それをわざわざ僕に頼んできたんだよ。共和国のほうから。それに簡単に開けれられるようなものでもないんだけど……」


「そんじゃ俺が思ってるよりは、世間のレベルが低いってことかもな」


「あの、それって、僕のレベルが低いって言うんですか!」


「まあまあ、グノシー」クラージュがたしなめるように言った。「どうだろな、共和国にもいろいろと考えがあってのことかも知れない。それよりチュダック君、自分で作っておいて、それをきちんと始末できるか分からないとは、少しばかり自分自身が無責任だとは思わないのか?」


「そんなこと言われたってなぁ。その時々で俺はすべきことをしただけだぜ。問題があるのは後から分かった話だ。それにあんな状況で、どうしろってんだか」


「せやけどチュダックはん、その空間がどうとか言いよったけど、早ようなんとかせんと世界が危ないんやろ?」


「言うは易く行うは難し、ってやつさ。革袋に空いた穴を、元通りに綺麗にふさぐなんて難しいだろ? そういうことだぜ」


「ふーん。ほいでも、ほんまもんの革袋だけやったら、わてがなんとかできるんやろうけどな」


机の上に広げられた書類を皆は黙って見つめた。つかの間の沈黙の後に、チュダックは続けた。


「一応は、アイデアがない訳じゃないぜ」


「ほう。それはどんな策なのだ?」


「内部から〈扉〉を破壊する。むろん、外から封印してからの話だけどな」


「チュダック君、それはつまり、誰かがあの迷宮のような空間のほうに残って、その仕事をしなければならい、ということではないか?」


「ああ、そうだぜ。表側を封印してからじゃ、中に入れないからな」


「それはそうとしましても、どなたがその役割を引き受けるというのでしょうか?」


「さすがの私も気が引けるな」


「わてなんかそんな役、願い下げやで」


「そんなとこに誰が行くっていうのよ、あたしも絶対に嫌よ」


「おいおい待てよ、みんな」チュダックは制した。「なにを議論する必要なんてあるってんだ。このアイデアを実行しなきゃならんときは、俺が行けばいいだけじゃないか」


「なんやて? チュダックはん、本気で言いはるんか?」


「まあ、この世界に未練がないのか? と聞かれると、答えは否だが。つっても、みんなはそんなことをやりたくはない訳だろ? それにこれを作り出したのは結局は俺だ。どのみち最後の始末をつけなきゃならんのも俺だろうぜ」


「とは言えチュダック君、そう早まることはないだろう。まだ〈扉〉の現物を確認できてもいなければ、私たちの手中にあるわけでもない。それになにより、私たちの探索ときには、それとは別の出入口と呼べる場所から帰還した。この〈扉〉を破壊したからといって、それで全てが終わるとも分からないと思うが」


「ああ、その問題はさほどでもないだろうぜ。たぶん一方通行だっただろ?」


「せやな、わてがあのとき扉を閉めたら、後から消えはったもんな」


「なにかもっと良い解決策があるような気もするが、どうだろうか?」


「さあな。まあ、なにか別のアイデアを思いついたら、そのきは言うぜ。できるもんなら外から完全に封印をして、どっかの深い海の底にでも捨てるか、あるいは火山の溶けた溶岩の中に放り込むでもするかして終わりにしたいとこだが、まあ運ぶのも一苦労な代物だ」


そのとき、執事のフェアヴァルターが部屋に入ってきた。


気がつけば外は夕暮れが近づいていて、開けた窓から入ってくる風は少しばかり肌寒く感じるくらいだった。


「皆様方、失礼します。クラージュ様。今しがた夕食のご用意が整うところでございますが、なにぶん、急なご来客でしたので、お食事のメニューは少々、質素なものになってしまいました。ご容赦いただきたく存じます」


「ああカッセ、気を使わせてしまってすまないな。だが、そんなに気に病むことはないだろう。このメンツだ。贅沢を言うようなことはないはずだ。どうかな? 皆の衆」


クラージュが聞くと、各々が口々に答えた。


「僕は、ぜんぜん気にしないよ」「わても構わせんで」「あたしはゲテモノじゃなければ、なんだって歓迎よ」「俺はカビが生えてななきゃ、パンとチーズだけでも充分だぜ」「わたくしも、贅沢を申し上げるような無粋なことはいたしませんよ」「私だって、ちゃんとした食べ物なら文句は言わないわ」


皆の個性の強い返答を聞いたクラージュは声に出して笑った。


「はっはっは。満場一致のようだな」


「では、ご夕食の支度を続けさせていただきます」


そうして粛々と夕食の準備がなされ、一同は食事にありつくことになった。


ずっと話をしてきた反動か、夕食の席では皆、ほとんど言葉を発することなく、黙々と食事をすることに集中した。

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