第40話 クロスオーバー

大きなバッグを背負った三人組が食堂へ入ってきた。その背格好からしてみれば、彼らが旅人たちであろうことは素人目にも明らかだった。


どことなく不細工な顔の犬頭の半獣人、ヤギのような角が頭に生えている女性、少しギョロ目でトカゲみたいな見た目の魔族系の男という、なんとも奇妙な組み合わせだった。


ロクァースは彼らの姿を目にするなり、どことなく興味をひかれた。三人が店のカウンター席に近づいてきたところで声をかけた。


「あんたがた、旅のお方たちでっしゃろか?」


「ん? まあそうだが、あんたは?」


「なんてことなか、わてはただのお節介焼きや」


「まったく、ここなら多少は情報集めが出来るかと思ったら、人は少ないし、ろくな奴がいないみたいだ」


犬頭の愚痴のような言葉を聞いて、ロクァースはクックッと笑いをこぼした。


「おい、あんた。なにがおかしいんだ?」


「いやぁ、こいつは失敬失敬。わてがこの街に来た時のことを、少しばかし思い出したんや」


「俺らがよそ者だってことか?」


「そういう意味あらへんで。まあ誰しも似たようなこと考えるもんやなって。噂話を聞くっちゅうのに大衆食堂を選びはるんは、正解やと思うけどな」


するとその不細工な犬頭の半獣人は、ロクァースの目の前に、明らかに小銭がみっちりと詰まった小さな革袋を差し出した。


「な、なんや、これ」


「見ればわかる」


ロクァースは慎重な手つきで受け取ってその中身を確かめるた。するとやはり、中身は大量の銀貨だった。


「ありゃあ、ここいらでは見かけへん銭やな」


「銀貨には違ないぜ。俺は探し物をしているんだ。あるいはそれに関する情報だけでも構わん。そのためなら、これを全部くれてやってもいいってわけだ」


「まあまあ、そら結構なことかもしれへんけど。こうして銭をこれみよがしに見せびらかすんは、あかんで、犬頭のあんちゃん。わてが悪人でのうてよかったな」


そう言って銀貨を一枚だけ手に取ると、残りを全部相手の手もとに戻した。


「せやかて話を聞かんことには分かりまへんな。まあ相談料にはこれだけ、ひとまず貰うとくで」


そのやり取りを見ていたクラージュは、どこか愉快そうだった。


「ロカース君、相変わらず抜かりのないことするものだな」


「かまへんやろ。羽振りがよさそうな旅のお三方やで」


すると角のある女が犬頭の彼に耳打ちするように言った。


「ねえティザー、ちょっと選ぶ相手を間違えたんじゃない?」


「聞こえているぞ、そこの君」クラージュが言った。


「あら、これは失礼しちゃったわね」


「私が言うのもなんだが、相談相手としてはまずまずの選択ではないかと思うぞ」


それからクラージュは少しばかりかしこまって続けた。


「私はクラージュ・フォルティス。ここエスポワル公国で騎士をしていた。こっちは魔導士のグノシー・クランティブ。それでこの生意気な獣耳の男はロカース・リベルタだ。彼のことは流浪の拳銃使いガンスリンガーだと思っていのだが、いつのまにか革細工職人に転向したらしい。それから、こちらの彼女は施療師ヒーラーのソフィア・チェスノスチ。と、彼女の足元に居るのは愛犬フェデルタだ」


「ふーん。」犬頭の男はあまり興味なさそうな態度を続けた。「で、そっちにいるキツネ獣人のねーちゃんは何者なんだ?」


「ちょっとあんた、あたしはキツネじゃないって! あたしはジャスール・サンダラー。冒険家よ!」


「まあまあジャスール、しゃーないで」ロクァースはそっとたしなめた。「それはそれとて、こっちの自己紹介は終わりやな。んで、そちらのお三方はどうなんや?」


「俺はティザー・チュダックだ。とりあえず、まあ下手な錬金術師アルケミストとでもいったところだ」


「わたくしは、レザール・アシエと申します。まあ、以前は使用人のような、そういった仕事をしておりました」


「私はカリタ・コルテシアです。私も、レザールさんと同じような感じです」


「ふむ、」クラージュは少しばかり目を細め、三人を観察した。「少し気になることもあるが、今は訊かないことにしておこうか」


「んじゃ、えーと、チュダックはん。本題に入ろうや。こういうメンツや。欲しい情報を集める手助けすることも、多分できるでっしゃろ」


「そいつは頼もしいな」少し皮肉っぽく言った。「俺が探しているのは、今じゃ瓦礫の山と化したあの魔王軍要塞の地下にあったものについてだ」


その言葉を聞いた途端、四人はまるで凍り付いたようになった。


「なんだ? 俺はマズいことでも聞いたか?」


「いいや、まったくもってその逆だよ、チュダック君。君の話には興味をそそられる」


「せやけど残念やなぁ、チュダックはん。あの魔窟は、崩れてしもうて入れんようなっとるで」


チュダックは眉をひそめて聞き返した。


「はあ? 魔窟? 何の話だ? 俺はそんなものに興味はないぜ」


「ふむ。では、何に興味があるというんだ?」


「要塞の地下室にあった物品だ。まあ……そうだな、言ってしまえば巨大な石板だ。封印の魔方陣が描かれている代物で、そいつが何処へ行っちまったか、その行方を知りたいんだよ。あれは俺が作ったもんだ」


「え? 魔方陣が描かれた石板?」


「どうしたグノシー? なにか心当たりでもあるのか?」


「あ、えーと、それは……まあ、なんでもないよ」


グノシーは目を泳がせながら口ごもった。


そのようすをみたクラージュは、なんとなく勘が働いた。グノシーが請け負ったという共和国での秘密の仕事と、このチュダックとかいう少々ブサイクな犬頭の獣人の探し物というのが、なにか関係しているのではないかと感じた。


「うむ。どうやら、ここで話を続けるのは不適切かもしれないな」


「クラージュはん、どういうことや」


「どこで誰が聞き耳を立てているか分からない大衆食堂で、大事な議論はするべきではないだろう?」


「だったら、どうするって言うんだ?」チュダックが訊いた。


「私の屋敷に皆を案内することにしよう。そこなら人目を気にすることもなく話ができる」

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