第38話 奇跡の再会

「あかんなぁ……」


ロクァースは作業の手を止めてつぶやいた。「今月は売上さっぱりや」


魔窟探索から戻ってパーティが解散したのち、報酬金を使って公国の街の一角に佇むオンボロで小さな二階建住居を手に入れると、一階に工房を構えて革細工の工房をはじめたのだった。


幸いなことに、魔王軍要塞の崩壊がきっかけで市民たちの態度は軟化し、人間と魔族の交流と交易も再興の兆しが現れたことで、大陸南北間での人々の移動が増えた。つまりは、商人たちや旅人の持ち物である鞄などの革製品の修理といった需要にあずかることができたのだ。


とはいえ、ここ最近は閑散期とでもいったようすで、仕事の暇ができることが多かった。


そのとき、店の入り口の扉が開いた。


「こんにちは、」


「いらっしゃい! ああ、ソフィア嬢ちゃんとフェデルタはんやないか」


大きな犬を連れた一人の少女の姿をみて、ロクァースの表情が和らいだ。


「久しぶりやね。どないしなはった?」


「お久しぶりです。とくに大したことはないんですけど。今日は広場で市場だから、その途中で寄ってみようかなって思っただけです」


「あ、今日は市場がやる日やったか。ほならわても行ってみっか」


「ロクァースさん、お仕事のほうは大丈夫なんですか?」


「かまわへんって、今日はもうお休みや」


二人と一匹で市場が行われている広場へ向かおうとしたとき、ソフィアが言った。


「あれ、ロクァースさん。今日は帽子は被らないんですか?」


「あ、しもうた」ロクァースは頭を軽くかいた。「まあ、ええわ、かまわへん。ここいらは良い奴ばっかやけんな。この耳も尻尾も、見て嫌がられることはなか。昔みたいに隠す必要はないで」


「そうなんですね」


「まあ、それはそれとて、買い物に行くとしようや」


二人はお互いの日常のことや近況について、あれこれと雑談を交わしながら市場で賑わう街中を進んだ。


買い物も終盤、ロクァースは鮮度の見分け方についてあれこれとソフィアに言いながら果物をいろいろと吟味していると、唐突に後ろから女性に呼びかけられた。


「ちょっと! そこの耳と尻尾の付いてるお兄さん! 訪ねたいことあるんだけど、いいかしら?」


ロクァースは振り返って愛想よく応えた。


「よかでよかで。そっちは旅のお姉はんかいな?」


声をかけてきたのは、コヨーテのような風貌の獣人の女だった。


しかし、その顔を見たロクァースは驚きのあまり、目が点になった。


見間違いでなければ、他人の空似か、あるいは死者の幽霊でも見えているのかと、彼は思うほどだった。


「はぁ? そないな……ジャスール?! ジャスールなんか?」


すると相手も一瞬、ポカンとした表情になったが、途端にほころだ表情になり、思い出したように言った。


「あ! やっぱり! もしかしてって思えば、田舎耳のロクァース! 超久しぶりじゃん」


「え、あ、でもなんでや……」ロクァースは思わず頭を抱えた。「なんでや、ジャスール……あの迷宮で死んどったはずじゃなかと」


「えー、マジでなに? 久しぶりに会えたと思ったら、あたしに向かって酷い挨拶するのね」


「だって、せや、」


彼は魔窟から生還して以来、いつも持ち歩いているペンダントを取り出して彼女の目の前に差し出して見せた。


「このペンダントや!」


「え、これってあたしが持ってたやつじゃん! どこでいつどうやって取り返してくれたの?」


「ど、どういうことや? 余計に訳が分からへん……」


「これってたしか賊に絡まれたときに、そのときの有り金と一緒に盗られちゃってたんだよね。あのときは、いろいろと大変だったなぁ」


「もしかすると、そいつはジャスールと同じような獣人やったか?」


「え? そうだよ。なんで分かるの?」


「ああ! そないか、そいうことや……そういうことやったんか」ロクァースはひとり納得した。「その盗人は、骨になって死んどったで。あの忌々しい黄色い迷宮でな。このペンダントを持って帰っておいて正解やったわけや」


「そうなの?」


「せや。ジャスールやって魔窟に入ったんやなかったんか?」


「そのつもりだったんだけど。いろいろあってね。大陸南部に先に行くことになったのよ。それで、後回しにしてたら魔窟は地震で崩壊したっていうじゃないの。九死に一生を得るとは、こういうことを言うのよね、きっと」


「ああ、良かったで、」


ロクァースは構わず彼女に抱擁し、周りの視線も気にせず甲斐性もなく涙をこぼした。


「な、なんだよ! 突然、気持ち悪いってば、まったくもう!」


「そんなこと言わんといてや! ほんまに死んだとばっかし思っとったんやで。ジャスール、生きとったんて、わて嬉しいんやで」


「このバカ耳。街中だって! 他人の目を気にしろよ!」


「ああ、すまんすまん」


「ところでロクァース。そっちにいる……大型犬と一緒の人間の若い女は何者なの?」


ソフィアとフェデルタはずっと、あっけにとらたようにロクァースとジャスールのやり取りを黙ってみていた。


「ああ、ソフィア嬢ちゃんや。それと犬の方はフェデルタはんや」


「ど、どうも、初めまして」


「魔窟の探索に行ったときの仲間なんやで」


「え? 魔窟探索? ロクァース、もしかしてだけど、もしかしてあの魔窟踏破の英雄四人組の……その一人なの?!」


「ジャスール、大げさやで。そんなたいそうなもんあらへんで」


「でも、でもだって」


「まあまあ、立ち話もなんや。みなで飯でも食いながら積もる話のつづきしようや。いい店を知っとるで」

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