第36話 惨劇、逃避、終焉
二人は入り組んだ地下の通路を走った。
「チュダックさん、泣いているんですか?」
「そうだよ! 見たら分かるだろ!」
「まあ! そんな性格とは思わなかったわ」
「な、コルテシア。あんたってやつは……」
チュダックは手で目元を雑にぬぐった。
「んなこと言ったって、実験は成功したのに早々に捨なきゃならん事態になり、気が合う研究仲間が出来たと思っていたら、あいつは俺のために、俺の目の前で撃ち殺された! そりゃ少しは泣きたくもなるぜ!」
「ご、ごめんなさい」
「まあいいさ。とにかく今は、逃げることだけ考えようぜ」
暗い地下通路を進みながら、しかしチュダックは悪態をついた。
「にしても、くそ! あのガラの悪い兵士野郎どもは、最初から俺のことを知っていて、暗殺するつもりだったわけだ。まさか、研究のことも知っていたのか? あれを奪取する気だったのか? それとも全部葬る気だったのか?」
「そんなこと言われたって、わたしが知るわけないじゃないですか!」
「ああ、そうだな」
逃避行を続けるあいだも時折、砲撃で地面が揺れるのがかすかに分かった。戦闘は当面、終わりそうにもないようだった。
そして二人の行く手に、一人の気配があった。
「だ、誰ですか?」「誰だ?」
すると聞きなじみのある声が返ってきた。
「その声は、コルテシア! それとティザーも一緒にですか?」
「あ、レザールさん。無事だったんですね」
「ええ、なんとか」
「こりゃ頼もしいもんだ」
「ところで、ジョンドウはどうしたのです? 一緒ではないのですか?」
「ああ、あいつはもう来ることはないさ」
「なにがあったのです?」
「レザールさん、地下室まで連合軍の兵士が攻めてきたんです」
「それは……それはかなり、深刻なようですね」
それから二人が来た方向に、どこか思いつめるような視線を向けた。
「分かりました。とにかく先を急ぐことにしましょう」
三人は進み、しばらくすると地上への出口となる光が見えた。
「ここから外に出れるな。俺が先頭になって外のようすを確かめてやろう」
しかし、地上にわずかに顔を出した近くには、連合軍の兵士たちと、捕まってその場に座らされている魔族たちの姿があった。
「ま、待った。待て」
チュダックは慌てて二人を押し戻しすようにして地下へ戻った。
「ちょっと、なにするんですか!」
「静かにしろ。連合軍の奴らがいる」
「本当ですか?」
それからレザールが冷静な態度で、慎重に外のようすを伺った。
「ああ、大変なことになりました」
「レザールさん、なにが見えたんですか?」
「静かに」
三人が耳を澄ますと、連合軍兵士たちの会話がかすかに聞こえた。
「小隊長殿、こいつらを捕虜として連れて行くんですか?」
「バカ言うぜ新米。作戦は続いてるんだぜ。後方へ連れていくには別の部隊が必要になりそうだ。そんな手間ごめんだ。それに魔族なんかと一緒は願い下げだ」
「隊長殿、いかがしましょうか?」
そして隊長と思しき男の、淡々とした無情な返事が聞こえた。
「構うことはない。全員、この場で処刑する」
それからいくつもの銃声が聞こえるのに、さほど時間はかからなかった。
チュダック、コルテシア、レザールの三人は、ただただ息をひそめて、その虐殺が終わるのを待つことしかできなかった。
ようやく地上に出たところで、三人が目にしたものは、悲惨の一言に集約された。
「ひどい、惨い……みんな、さっきまで、」
コルテシアはその場にうずくまって嗚咽した。
レザールはすぐに近寄って彼女支えた。
「コルテシア、これ以上は見てはいけません。気をしっかりと持ってください」
一方のチュダックは冷静なまなざしで、目の前に並ぶ死体を観察した。
「この戦争、狂ってやがる」
死体のほとんどは要塞で働いていた使用人たちで、武器も持っていなかった。
それぞれの遺体には銃創と、さらに銃剣かただの剣か、とにかく律儀にとどめを刺したのだろう刺傷もあるのが分かった。
一段と激しい砲撃の音が聞こえて、三人は振り返った。要塞の一部から黒い煙が上がり、連合軍による攻撃が続いていた。
「行こうぜ。死にたくなきゃ逃げるしかねぇ」
それからこの三人が大陸南部への逃避行を続けて二日後、連邦軍と連合軍の戦闘が終結した。
それから停戦と降伏の話が伝わってくるのにさほどの時間はかからなかった。
* * *
連合軍は魔王軍要塞攻略戦において、一万人超という過去最大の大兵力を投入した。
さらにはドラゴンを利用するという大胆な空挺作戦を展開。これにより、難攻不落とも称されていた魔王軍要塞はわずか一日で陥落したのであった。
魔王ことベルフェクティオ・ソッレムニスは連合軍兵士らとの戦闘のさなかに死亡した。これは長きにわたる大戦争のなかで決定的な打撃となった。
その後も小規模な戦闘がいくつか続いたが、指導者を失った魔王軍は敗走、ついに長きにわたる大戦争の決着がつけられた。
そしてこれら一連の作戦は後に、公国や共和国のなかで〈将兵一万人の奇跡〉と呼ばれることになるのであった。
≪第二部 これにて了≫
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