第35話 乱入者と悲劇
「逃げたきゃ、さっさと逃げたらどうだ?」
チュダックは言ったが、コルテシアとジョンは黙って彼の最後の作業を手伝うことにした。
「早速、こいつを閉じることなんて考えてもなかったぜ。ここまでクソみたいな状況になるんて思ってもみなかったからな!」
「そんなこと言って、それでどうするっていうのよ?」
「みてりゃ分かる。封印するんだよ」
ぴったりサイズの木板を被せると、チュダックは手慣れたようすで隙間にコーキング処理をして、さらに封印用の魔方陣を四隅に描き、追加に呪符まで貼った。
「ひとまずこれで良し。即席の処置しては充分だ」
「チュダックさん、でもこれって、表だけの封印で、実際に異世界との繋がりを絶ったわけじゃないですよね?」
「まあ、そりゃしょうがないぜ。そこまでするには、」
そのとき連合軍の兵士が四人ほど部屋に侵入してきた。
「そこの三人! その場を動くな! 両手を見えるように上げろ!」
声をあげた兵士はピストルを構えて、その後ろにマスケット銃を構えた兵士と剣を手にしている兵士が続き、残りの一人はクロスボウを持っていて出入口から部屋の外を警戒した。
「おっと、連合軍からのお客さんか?」
「黙って両手をあげろ!」
ピストルを手にしている兵士は怒鳴って、部屋をゆっくりと見渡した。
「小隊長殿、これが例のブツでやしょうか?」
剣を手にしている兵士が訊いた。
「さあ、どうだろうな」
「ところであの女。おっかねえ角と眼をしてやがるが、身体のほうは悪くなそうだぜ」
マスケット銃を構えたガラの悪そうな兵士は、卑しい目つきでコルテシアのことを観察していた。
「おい、任務が先だ。お楽しみは後回しにしておくことだな」
この隊長らしき兵士はピストルを軽く降りまわしながら尋ねた。
「さてさて、チュダックだとか言う奴はここに居るか? どいつだ?」
チュダックはそれを聞いて、兵士らに大人しく従うべきか、つかの間、逡巡したが、ジョンドウが先に動いた。
「ぼくです」
「あんたがチュダックか?」
「そうです」
ジョンドウが躊躇うことなく答えたあとは一瞬のことだった。
ピストルを手にしていた小隊長と呼ばれている男は、その銃の引き金を引いた。なんの迷いも感じさせない動作だった。
「な! なんてことをするんだ!」
チュダックは倒れゆくジョンドウに飛びつくようにして近寄った。
その後に起きたことも、あっという間の出来事だった。
コルテシアはこの出来事の隙をついて、自身に向けられていたマスケット銃をためらうことなく奪い取り、その兵士の首に強力な回し蹴りを加えた。
いっぽうでチュダックは冷静に考えるまもなく傍の木箱に置かれていた金槌を手にし、小隊長に突っ込んでその顔面に金槌を叩きこんだ。
コルテシアは奪った銃をクロスボウを持っていた兵士に向かって撃ち、残りは剣を持った兵士だけだった。
最後の兵士は勇ましく剣を構えていたが、その刃先は震えていた。
「お、お前ら! 無駄な抵抗などするな! もうじきに別の部隊が来る」
その口ぶりからして、ハッタリであることは容易に読み取れた。
「コルテシア、どうする?」
「撃ったから銃は使えないわよ!」
「じゃあ、これしかない」
そう言ってチュダックは、手に持っていた金槌を力いっぱい振りかぶって投げた。が、狙いはからくも外れた。
「ああ、くそったれ!」
チュダックはもはや相手に噛みつかんばかりの勢いだったが、兵士は剣を落とし、そのまま逃げ出してしまった。
「なんてこと、あなたの表情を見てビビったみたいね。あの剣士」
「あ? ああ、俺がどんな姿だったか、忘れるところだったぜ」
ともかく、突然の危機的状況をやり過ごしてコルテシアとチュダックは安堵した
「あーあ、しかしやっちまったな」
チュダックは倒れている兵士に近づいて揺さぶるようにして聞いた。
「おい! てめえ、生きてるか? 任務はなんだ? 目的はなんだ!」
「わたしたち、少しやりすぎちゃったかしらね……」
そのとき囁くようなジョンの声が聞こえた。
「ああ、ジョン!」
チュダックはすぐさま駆け寄って抱えた。
「ジョンドウ! まだ息をしているのか?」
「はぁ……チュダックさん、僕、ダメみたい……です」
「ったく、なんであんなことしたんだ?」
「予感が……こうするしか、なかった。だから、」
それ以上、ジョンドウは言葉を発することはなかった。
「くそ! ああ! なんてことだ! 連中は俺を殺すことが目的だったんだろうな!」
「チュダックさん、とにかく落ち着いて! とにかく逃げましょう。もう長居は危険ですよ」
「ああ……だが、ちょっと待ってくれ」
チュダックは部屋の一角にある作業台代わりの木箱に向かった。
「なにしているんですか!」
「これは絶対に持っていく」
その手にしていたのは、ジョンドウが研究内容をまとめてくれた紙束だった。それからチュダックは倒れている彼の傍に膝をつくと、その瞼をそっと閉じてやった。
「早く行きましょう」
「ああ。そうだな」
そうして二人は地下室を出ていった。
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