第34話 情勢、暗転
それはのちに、公国や共和国においては〈将兵一万人の奇跡!〉、一方の連邦では〈空から降ってきた悪夢〉と呼ばれることになる戦いだった。
* * *
激しい雷雨をもたらした嵐が過ぎたあとも上空には鉛色の雲が低く垂れ込めて、時折、弱い雨が降っているのが感じられた。
要塞の最上部にあるデッキや監視塔には、見張りの兵士たちの姿がまばらにあった。ここ数日は、嵐のせいもあってか、連合軍の攻勢は大人しいもので、要塞に篭る兵士たちの仕事は少々退屈なものになりかけていた。
最初に気づいたのは耳がよく利く兵士の一人だった。
遠くから、なにかが風を切って進むような、かすかだが、そんな音を聞き取った。砲弾でもトレビシェットの岩石でもない、奇妙な音だった。
それが遠くからではなく、頭上から聞こえていると気づいたときには、すでに手遅れだった。
数十頭、あるいは百近い数のドラゴンの編隊が滑空状態で雲のなかから現れ、そのまま要塞に突っ込んできた。
そのどれもが巨大な
「な、なんだ?! あれは!」
連合軍による空挺強襲作戦だった。
要塞の警備兵や歩哨たちは唐突な事態を目の前にして上空を凝視していると、
幾つかは
完全な奇襲だった。魔王軍要塞の警備兵たちは抵抗したもの、予想だにしていない攻撃に混乱し、蹂躙されるばかりだった。
「き、奇襲だ! 連合軍の攻撃だ!」
さらには、空挺部隊が侵入に成功したと分かると、巧妙に秘匿されて配置されていた砲兵たちが要塞へ向かって一斉砲撃、さらには武装歩兵も地上から侵攻を開始した。
要塞は完全な大混乱に陥った。
* * *
いっぽうの地下室では、チュダックは異世界へとつながった石板に丁番を取り付け、さらに一枚板の木材で作られたちゃんとした扉を設置しようと奮闘し、ジョンドウは不要になった資材の片付けといった作業に手を付けていた。
そんななか、要塞内でなにかしら騒ぎが起きたていることを感じ取っていた。
「なんだ?」
「チュダックさん。なんでしょうか? さっきの音」
「ああ、俺にはなんとなく分かるぜ。あれは、」
言いかけたそのとき、激しい揺れと衝撃で地下室が揺さぶられ、二人はそのまま床に倒れた。
「あいてて……、おい、大丈夫か?」
チュダックは慌てて起き上がって、部屋のなかのようすを確かめた。
「ええ、大丈夫です」
「こりゃひどい砲撃だ。連合軍の攻撃だな。ありゃ馬鹿でかい大砲だぜ、きっと。要塞の庭にぶち込んだに違いない」
「連合軍の攻撃? だ、大丈夫なんでしょうか?」
「さあな。まあ、さすがにこの要塞を落とすのは無理筋だろうけど」
そのとき、カリタ・コルテシアが部屋に駆け込んできた。
「はあ、はあ、やっぱりここに居たんですね」
彼女はぜいぜいと息を切らしていた。
「おいおい、そんな急いでどうしたんだ? 飯の時間は違うだろ?」
「なに言ってるんですか。冗談……なんて、言ってる場合じゃ、ないですよ」
彼女はそれから大きく深呼吸して、息を整えてから続けた。
「武装していない者に対して、要塞から避難の命令が出ました。チュダックさんもジョンドウさんも、荷物をまとめてください!」
「あ? 避難命令? いったいぜんたい、何が起きているんだ? そんな軟な要塞じゃないだろ、ここは」
「連合軍が攻めてきたんですよ。空から、空から大勢が」
「は? なんてこった! 俺の予想が、まさか的中しやがったってか?」
「よく分からないんですけど、大量のドラゴンをに乗って連合軍の兵士が空から攻めてきたらしいです」
「はえー! そりゃ大ごとだぜ。噂には聞いていたが空挺団ってやつだな、そりゃ。だが俺は今、おいそれと逃げるわけにいかん」
「どうしてですか?」
「これを放っておいて逃げるわけにはいかない」
彼は〈奥の部屋〉に繋がっている扉に視線を向けた。
「せめて隠しておかないとな。連合軍が見つけでもしたら、ろくなことにならんぞ、きっと」
「壊すんですか?」
「それが簡単に出来れば苦労しない。まったく、この木製の扉が早々に活躍することになるとはな!さて、コルテシアも手伝ってくれ」
「なにをするんですか?」
「とりあえずできる限りの封印をする」
「悠長なことをしている余裕なんてありません! 連合軍と戦闘が、要塞のなかで起きているんですよ」
「そんなこと言ったてな、だいたいこの首輪のおかげで、俺は要塞の外に出ることができんからな! 俺はどこに逃げりゃいいんだよ。コルテシア、知らないのか?」
「そんなことまでわたしが知るわけないじゃないですか! もう!」
「え、チュダックさん、それって魔法かなにかなんですか?」
「そうだぜ」
するとジョンはスッと手を伸ばして、いとも簡単に外してみせた。
「これ、簡単に外せるんですよ」
「あ? なんでだ!」
「僕、てっきりチュダックさんの趣味かと思ってました」
「誰がこんなもん好き好んでつけるかよ!」
そう言ってチュダックは首輪を部屋の隅に向かって投げ捨てた。
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