第33話 ファーストコンタクト

大広間の出入口の扉ほどの大きさがある石板スラブは、木材の部材に囲まれて直立していた。


その周囲には精緻な大小さまざまな魔方陣と、大量の巻かれた銅製のコイル線と碍子、素人目には不可思議に思える装置の類が置かれ、それらを取り囲むように魔術用蠟燭が等間隔に、きれいな三重の円形に並べられていた。


チュダックは一人、部屋の隅に置かれている木箱の一つに腰を落ちつけた。


「準備オッケー。装置は整った。いよいよだ。あとはタイミングの良いときに蝋燭に火をつけて、電気をドカンと一発流すだけだ」


そして満足げに部屋を見渡しながら煙草をくわえた。しかし、火をつけるのはためらった。


「床に描いた魔方陣を灰で汚す必要なんてないな」


火のついていない煙草をくわえて腕を組み、石板と装置の塊を見つめた。


そうしてしばらくすると、ジョンドウが部屋に戻ってきた。


「準備はどんな感じですか?」


「よお! ジョン。全部チェックは済ませた。それで外の天気はどうだ?」


「遠くで雷鳴が響いていました。もうじき大荒れになると思います」


「そいつはおあつらえ向きだ。蝋燭に火を付けろ。俺は避雷針からの電気導線を接続しよう。最後の作業にかかるぞ!」


ジョンドウは蠟燭一本一本に火をつけてまわり、チュダックはコイル線と導線の接続作業を進めた。



いよいよ、石板に魔方陣の最後の一筆を書き足そうとしたとき、チュダックは思わずその手を止めた。


「どうしたんですか?」


ジョンドウは不思議そうに聞いた。


「いや、なんとなく少しばかり不安を感じた」


「それは、もしも実験が失敗したらということですか?」


「うーん……まあ、それもなくはないが、果たして俺が目指していたものが、実は間違っているんじゃないかってことがな」


「どういう意味です?」


「いや、なんでもないぜ。ただの気の迷いだ」


そして完璧な魔方陣が出来上がったのと、外で避雷針に落雷するのはほとんど同時だった。


直後、地下室は突然の爆音と閃光に包まれた。


チュダックとジョンは衝撃でその場に倒れ、二人の耳の奥には激しい耳鳴りのようなキーンという甲高い音が響いた。


蠟燭の炎も全て消え、閃光に目がくらんだせいで、地下室は完全な闇に包まれたかと思うほどだった。


二人はその場で呆然としていたが、閃光にくらんでいた目が徐々に視力を取り戻して、部屋のようすが見えるようになったとき、石板から黄色い光が放たれているのが分かった。


「くそ、なんてこった……やったのか?」


「チュダックさん、あれ、石板が光ってますよ」


「どうだかな? 扉が開いたのか?」


そして恐る恐る近づいてみると、ただの石板だったものの先に、黄色い壁と光に照らされた空間があるのが見えた。


「ふむ、これが異世界だってか……」


チュダックは眉をひそめ、扉として開いたその石板の前に立ち尽くして、まじまじと中を覗いた。


「これって、ついにやったんですか! これが、異世界なんですか?」


ジョンはチュダックの横に立って、少し興奮ぎみに訊いた。


「なんだかなぁ、俺が求めていたものより、ずいぶんと違うけどな」


チュダックはその先に進もうとしたが、首輪に猛烈な力がかかって引き戻された。


「やってくれるねぇ。こいつは意地でも要塞の外には行かせないつもりらしい」


「僕が入って、少し見てみましょうか?」


「まあ待ちなって。魔王さんに報告するのが先がいいだろう。いずれにしても実験は成功ってわけだ。俺たちはやり遂げた」


ちょうどそのタイミングでレザールがやってきた。


「先ほどの爆音は何事ですか? お二方、実験で地下室を吹き飛ばすおつもりではありませんよね!」


「おう、いいタイミングで来たな。見てみろよ、レザール! 実験は成功だ!」


「は、はあ。これは、いったいなんでございましょう」


レザールは石板の奥に現れた奇妙な黄色い空間をみるなり、怪訝そうな顔になった。


「まあまあとにかく、魔王さんに知らせてくれ。異世界への扉を開いたってな」


「ええ、どうやらそのようですね。では早急に報告へ向かうことにしましょう」


そうしてレザールは足早に部屋を出ていった。


「ところでチュダックさん、この先に見える空間、なんて呼ぶことにしますか? 異世界っていうのはたしかなんでしょうけど」


「そうだなぁ、どう見てもなんかの部屋だな。俺の思うような異世界とは違うなぁ。うーむ。開いた扉の奥に見えるのは、奇妙な黄色い部屋か」


「奥の部屋……とかですかね」


「お、それいいな。奥の部屋バックルームズと呼ぶことにしようぜ!」



* * *



相変わらずソッレムニス陛下は仮面を身に着けているために、その表情をうかがい知ることはできなった。


ただ、異世界へ繋がっている扉を前にして、感情の高ぶりを抑えて平静を装っているのだろうことは、どことなく感じとることができた。


「君はついに、ついに成果を出したようだね。それでこの扉の先に見える異界は、どのような使い道があるのかね?」


「おっと魔王さんよ、そいつは俺の仕事じゃないぜ。まあ、ご利用方法の可能性は無限大だろうけど。ご生憎さま、俺はこの要塞から出ることができないもんで、この先がどうなってるかは、まだ見たことがないんだ。だが、広大な面積を持っているのは確かなはずだ。物置にするは十分すぎるくらいだろう。とにかく、探検部隊でも結成して送り込んだらいいかも知れないな」


すると付き人の一人が、閣下に近づいて囁くように言った。


「ソッレムニス閣下殿。この、この先に見える異界からは、なにかただならぬ気配を感じます。利用なさるにしても慎重になられるのがよろしいかと」


「ほう、どのような気配かね?」


「それが、はっきりとは申し上げられません。ただ、言いようのない気配です」


「まあよい。あとで探索部隊を送ることにしよう」


それからチュダックに改めて視線を向けた。


「それで、なにか褒美でも欲しいか? 少なくとも当面の務めは果たしたとみえるからな」


「はー、考えてもみなかったぜ。とりあえず外で煙草を一服、それから旨い飯と酒かな」


「はっはっはっ! 相変わらず愉快な奴じゃ」

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