第31話 作業は続くよ

チュダックはすっかり地下に馴染んでいた。


この実験場で寝起きをして、食事もその場で済ますようにして、毛布を持ち込んで大きな棚の一つをベッド代わりにして寝起きしていた。


食事はレザールかコルテシア、あるいは律儀に就寝時は部屋に戻るジョンドウが地下に来るときに運んでいた。


今朝はコルテシアが持って来たようだった。


「おはようございます! チュダックさん、まるで洞穴の住人ですね。もともとやつれ気味の顔をしてましたけど、今はもっとやつれているみたい!」


コルテシアの彼に対する軽口は、今や日常になっていた。


「おはよう。笑顔が眩しいコルテシアちゃん。俺にはもったいないくらいだぜ、その笑み」


「な、なんなんですか?」コルテシアは怪訝そうな表情をみせた。「おだてたとしても、なにもありませんからね!」


「そうだな。その辺に転がっている部品や資材を蹴とばしてくれないなら、それで充分だぜ」


「あら、そうですか? だったら、このみょうちきりんな機械を解体するときには私が喜んで請け負うことにするわ」


「そのときがくればな」


それからコルテシアは、作業机代わりになっている木箱の上の空いたスペースに、朝食の乗った盆をそのまま置いた。


「朝食、置いときますよ」


「なあ、コルテシア」


「なんですか?」


「魔……ソッレムニス閣下殿は、俺の研究をどう思ってるのだろうかな? ここを見に来たのは一回こっきりだ」


「私が知るわけないじゃないですか。気になるんだったらレザールさんでも聞いたらどうですか?」


「質問の仕方が悪かったな。君からみて、閣下は俺の研究をどう思ってるように感じるかな?」


「そんなこと聞かれても、分かんないですよ! まったく……まあ、なんとなく、ここのところ陛下殿の機嫌がよいことが多くなったような気がしなくもないけど」


「そうか。貴重なご意見をどうも」


コルテシアが去って、チュダックは朝食を手早く胃の中に収めたところで、ジョンドウがやってきた。


「おはようございます。チュダックさん」


「おう、おはよう。ジョンドウ君。メシは済んでるな? 早速作業にかかるとしよう」



* * *



ここ直近の作業は、要塞の敷地内で見つけた良質な粘土質の土を使い、部材を作るためにこねまわすことだった。


「あーあ、俺も、もう少しばかりマシな生成魔法が使いこなせりゃ、焼き物なんかせずに絶縁碍子を作れただろうな」


チュダックは作業の愚痴を漏らした。


「しかしジョンドウ君は、俺に比べりゃバカ真面目だな」


「え? なにがですか?」


「よくもまあ黙々と、手先を使う細かい作業を飽きずにできるもんだ。それに俺より早くて正確で丁寧ときた」


ジョンドウの横には、形の出来上がった部材がきれいに並べられていた。


「そうですか? 僕はそんなこと疑問にも思いませんでした」


「後の作業は任せるよ。ちょっと気分転換してくる」


「チュダックさん。もしかして、サボりですか?」


「あ? まったく、お前さんもコルテシアみたいなこと言うようになったもんだな」


チュダックが立ち上がって伸びをしていると、今度はレザールが部屋を訪れた。


「お、よう。レザールじゃないか」


「失礼ながら、あまり気安く私の名前を呼ばないでいただきたいのですが」


「まあまあいいじゃないの。それに俺とはもっとラフに会話してくれてもいいんだぜ」それから思い出したように続けた。「おっと、そうだそうだ。ちょうどいいところに来てくれたな。追加の資材で銅が欲しいんだ」


「なにをおっしゃいますか?」


「なんなら鉱石の状態でも構わん。精錬魔法くらいなら、なんとか心得がある。あとは自分でできるさ」


レザールはため息をついた。


「あのですね」


めんどくさそうなレザールのようすを見たチュダックは、わざとらしく付け加えた。


「なんなら、俺が魔……おっと、閣下殿に直接、言いに行くけど」


「いえいえ、ソッレムニス陛下もお忙しいですから。わたくしでなんとか手配を試みてみましょう」


「助かるぜ」


「それより今、お二方は何をされているのです? まさか陶器屋を始めるというわけではありませんよね?」


それにはジョンドウが答えた。


「部品を作っています」


「はあ? 部品ですか?」


するとチュダックが横から説明を加えた。


「こいつは絶縁碍子さ。まあ、焼き物に違いはないかもな」


「それは実験に必要なものなのでしょうか?」


「ああ、誰だって電撃を喰らいたいとは思わないだろ?」


「なにをおっしゃっているのか、わたくしにはよく分かりませんね」


「まあまあ、それはそうとして要件は頼むよ」


「相変わらず世話が焼けますね。まあ、よいでしょう」


そして今度は、出ていったレザールと入れ替わるようにして、ケッテ・ローズングが姿を見せた。


「お、今度は警備隊長殿のお出ましかな?」


「ふむ……」


ローズング隊長はつかつかと部屋のなかへ進んだ。


「おいおい、足元に注意してくれよ」


「この、こいつが、お前さんの研究とやらの代物なのか?」


チュダックの言葉を気にもせず、ローズングは部屋の中央に置かれている巨大な石板を見ながら聞いた。


「そうだぜ。手間かかってんだからな」


「いったいこのデカブツが、どうやって戦況に寄与してくれるというのかい?」


「すまないが、そいつは俺の知ったこっちゃないなぁ。まあ成功すれば、新天地を手に入れることくらいはできるだろうよ」


「新天地だと?」


「まあ、実験が成功してからのお楽しみだな」


「相変わらずお前さんはふざけた野郎だ」


それだけ言って部屋を出ようとした。


「おいおい、警備隊長さんよ。それだけか?」


「悪いか? 私はこの要塞の警備隊長だぞ。どこでなにが行なわれているのか、ちゃんと把握しておく必要があるからな。見回りに来ただけのことだ」


「ああ、そうかい。そいつはご苦労さんだな」


そうしてローズングは足早に地下室を後にして去った。


「やれやれ。これで俺も休憩に行けるな」それから部屋を振り返った。「ジョン、お前さんも適宜休憩しろよ」


「はい。分かってますよ」


ようやく、チュダックは休憩をとることができそうだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る