第30話 休息とクソなアイデア
要塞上層に建つ棟の一つの屋上で、チュダックはぼんやりと景色を眺めながら煙草をふかしていた。
もう何日も地下に篭って作業の連続だったので、日中の日差しがこれまでないくらいまぶしく感じられた。
要塞の敷地内では新米の兵士たちが教練の進行をしていて、遠くから砲撃らしき音が鳴っているのが聞こえていたが、ここ最近の戦線は穏やかなものだった。
「お前さん、研究とやらは進んでいるのか?」
唐突に後ろから声をかけてきたのは、軽装の甲冑に剣を携えた狼頭の獣人だった。
その顔を見たチュダックは、あの偵察の夜のときのことを思い出した。
「ああ、そうだな。それと、弾も弓も、流血も節約出来たってもんよ」
「ティザー・チュダック。あんたは、あのメンツの中で最良の選択をしたようだ」
「なんで俺の名前を知っているだ? こっちはそっちの名前も知らんのに」
「私はケッテ・ローズングだ。この要塞の警備隊長をしている。それとお前さんは、閣下殿のお気に入りのようだからな。要塞で噂が広がるのは早いもの」
「そうかい」それからチュダックは思い出したように聞いた。「ああ、ところで、あのフラッハ分隊長はどうなった? まさか、あの姿で外に追い出したわけじゃなかろう」
するとケッテは小さく鼻をなしてから答えた。
「死んだよ」
「なんだって? 魔……いや、ソッレムニス閣下殿は、殺しはしないと言ってた気がするけどなぁ」
「彼は部下に殺された。ずっと同じ牢にいれていたが、三人の部下にはそれが耐え難かったとみえた」
「あちゃー。そら、かわいそうなことで。君らもなかなか酷いことをするな」
「さあ、それはどうだろうね」
するとケッテ・ローズングは剣を鞘から抜き、チュダックが言葉を発する間もなく吸っていた煙草の先端部を切り落とした。
「お、おい! なんて危ないことしやがる」
「むしろ感謝することだ」
「はあ?」
「お前さんが人間の姿のままだったならば、その手首から切り落としているところだ」
「おお、そいつは怖いねぇ。よっぽどの人間に対する確執を持ってるみたいだな」
「お前さんのせいだとは思わないが、人間どものせいで私の故郷は分断されてしまったものだからな」
「ああ、それなら想像に難くない。魔族の系統はともかく、獣人の系統は双方に偏在しているからな。同族で戦闘なんてことも話には聞いたことがある」
そのときレザールの声がした。
「ここにいらしたようですね。それにローズング隊長、お疲れ様です」
「ああ、アシエか。君も大変だな。こいつの面倒見役をしないとならないとは」
「まったくです。隙あらばわたくしの目の届かないとこに行くものですから」
「おいおい、あんまりな言いぐさじゃないか。俺は別に神出鬼没ってわけじゃないぜ」
それからチュダックは足元に落ちた煙草の火をもみ消し、白衣の下から紙を取り出した。
「そうだ。せっかくだ。君ら二人に見てもらいたいアイデアがあるんだ」
「なんなのですか、これは?」
「じゃじゃーん! 見て驚くな、この要塞の対空兵装強化プランだ」
「はあ? 対空? 兵装? 何の話ですか?」
「俺が予想するには、いずれ連合軍は空からも攻めてくる気がする。ここんところ、戦闘の進捗は芳しくないだろ?」
「だとしても、空から攻めてくるとは、ひどく突飛な考えでございましょう」
「冗談じゃないさ、根拠がないわけじゃない。俺が共和国にいた頃、ドラゴンを使役して物資の空輸をしようというアイデアがあった」
「それで、兵士や武器を運ぼうとでもおっしゃるので?」
「別に不思議じゃないだろ? それで、物が運べるなら、武装させて戦場を飛ばすことだってできる」
「またまたご冗談を! そんなことをしたところで、ドラゴンなど大きな的にしかならないでしょう」
「だったら、なおさらのこと対空兵装を備えておくべきじゃないか? ちょうど連装式バリスタを思いついたところなんだ。これなら火薬もいらないし、製造の時間もコストも、」
「くだらんな!」
ローズングは話を聞いていたが、一笑に付した。
「おいおい、まだ話の途中だぜ」
「確かにドラゴンを使役し、武装させ、戦場の空を飛ばすというのは、アイデアとして筋が通ってないわけでもないだろう。しかし、そのような戦法にどれほどの効果があるというか? また的となるリスクも大いにある。そのような戦術を、あの連合軍がとるだろうか? 連中は大砲を信奉しているといっていいほど多用している。次の大攻勢も、おそらくそのようになると、陛下殿も軍参謀も予測している。となれば、我が連邦軍と要塞守備隊がするべき対抗策はほかにある」
「だがね、備えあれば患いなしというじゃないか。それに俺はわざわざ親切心でもってこうやって、」
「それよりお前さん、自身の研究とやらは進んでいるか?」
「ああ、そっちは問題ない。ただ細かい作業が多くて手間がかかるんだよ」
「それなら、そちらに邁進することだな。この要塞は難攻不落だ。戦術家でもない素人が口を挟む必要なんてない」
「えー、それでいいのか?」
「あの、わたくしからソッレムニス陛下にお伝えしておくことも、できないことはありませんよ」
「アシエ君。その必要はないだろう」
「左様ですか?」
「そよりも、そろそろこいつを地下に連れ戻したらどうだ?」
「ああもう分かったよ、ローズング警備隊長殿。まあ、軍のことは俺の知ったこっちゃないか」
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