第29話 資材、作業、視察?

ジョンドウは地下室を出たところでちょうどレザールと出くわした


「おや、これはジョンドウ君ではありませんか。ということはチュダックもご一緒で?」


「ええと、チュダックさんなら、ほら、作業に取り掛かってます」


「そうですか?」


レザールは部屋のほうをそれとなく覗いてみた。


「まあ、大人しく作業をしているならそれでよいでしょう。それにしてもまったく、わたくしの目をかいくぐって要塞のなかを歩き回るのが得意なようですね、相変わらず」


「あの、レザールさん」


「なんでしょうか?」


「ええと、チュダックさんに頼まれたんですけど、実験に必要なリストがあって、集めるのに手伝ってもらえますか?」


「ふーむ、まあ見せてください。いったいどんなものがいるのですか?」


レザールはリストを見て眉をひそめた。


「贅沢が過ぎるというものですよ、まったく」


すると部屋のほうからチュダックの大声がした。


「おーい! レザールじゃないか。全部聞こえてるぞ」


「おやおや、これは失礼いたしました。ですが、これほどのものを集めるのは、」


「んじゃあ、俺が魔王さん……おっと失礼。閣下殿に直接掛け合いにいってもいいんだぜ。どうなんだ?」


レザールはため息をついた。


「分かりました。あなたは作業を続けていてください。わたくしでなんとか対応することにいたしましょう」


それからその日の夕方には、続々と資材が地下室に運び込まれた。


各種の工具、大量の角材、魔方陣を描くためのチョークに魔術用蝋燭などさまざまだった。



* * *


チュダックとジョンドウの二人は手分けして、ときにはレザールにも強引に手伝わせて日数をかけて木材を切り貼りし、部屋の中央部には巨大な枠組みと足場が組まれ、天上には滑車まで備え付けていた。


そうして、いよいよチュダックが待ち望む一番の部材が届くことになった。


黒っぽい色の斑糲岩の大きなスラブから四角く平らに加工された板で、まるでのモノリスのようだった。


「気を付けてくれよ。これが実験の肝心要、最重要部品になるからな」


これはたいへんな苦労をともなって用意されたものだった。


要塞から離れた場所で採石され、チュダックの指示通りの寸法に加工されて、多くの兵士の手を借りて要塞まで運ばれて、さらに地下室までなんとかたどり着いたのだった。


「それで、これをどうすりゃいいんだ? 犬頭の教授殿」


「な、なんだ? 教授だって?」


「はっはっは。オレら兵士たちのあいだじゃ、そう呼ばれてるぜ」


「まったく……だから犬じゃねえってのに。まあ教授か。うーん、悪かないけど、センスのないニックネームだこった」


チュダックはあきれつつ、次の指示を出した。


「まあいいや。そいつは、この仮設枠にあてがって置いてくれ」


「ここに運んでくるだけも大仕事だったぞ」


「俺も手伝うからもう少しばかし付き合いを頼むぜ」


「しょうがない奴だ。おい、皆聞いたか? あともう一息だ」


部屋の天井まで組まれた足場、滑車にロープ、床に置かれたコロ、数十人の兵士たち……もちろんチュダック本人とジョンドウも作業に加わって、ほとんど丸一日がかかりで設置が完了した。


「いやはや。みなさんご苦労さん」


チュダックはそれでも、かたちばかりとはいえ労いの言葉をかけたが、兵士たちは早々に部屋を出ていき地下はまた静かになった。


「ここまでくれば装置は完成したも同然。さあ、細かいところに取り掛かるぞ」


「チュダックさん、少し休憩しませんか? さすがにぼくも疲れました」


「そうだな。少しブレイクするとしよう」


そのとき地下室を訪れる者の姿があった。


白色の太い縦線が一本描かれた黒装束で全身を包み、金色で縁取られた灰色の仮面を着けていた。ベルフェクティオ・ソッレムニスその人だった。相変わらずその格好のせいで、表情をうかがうことはできなかった。そして後ろには付き人二人を従えてた。


「あ、こいつは魔王……おっと失礼。ソッレムニス閣下殿じゃないか。まさか現場視察でも来たのかい?」


しかしソッレムニス閣下は、しばらく無言で地下室を眺めていた。


さすがのチュダックもそのようすに軽口を止めた


しばらくすると、ソッレムニス閣下はつぶやくように言った。


「作業は、順調なようだね」


「あ、まあ、そうだな。大まかな準備は整った。といってもこれから細かい作業が山積みっちゃ、山積みなんだが」


「それなら、自分の仕事に邁進することだ」


ソッレムニス閣下はそれだけ言うと、ゆっくりとした足取りで地下を後にした。

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