第28話 地下室からはじまる異世界ハック

チュダックは目の前の朝食をひっくり返すのではないかというくらいの勢いで、まくしたてるように自身の研究について語った。表情がどこか乏しい雰囲気のジョンドウでも、さすがに少々圧倒されてしまっているようだったが、そんなことはお構いなしだった。


「それと、どうしても準備しなければならいのはエネルギーだ。それも強大なやつをな!」


どこで手に入れたのか、小さな琥珀の塊と少しばかりの羽毛と糸くずを服のポケットから取り出した。


「こいつを布でこすってやるだろ? するとどうだ。羽や糸くずがくっつく」


「それって……静電気?」


その一言にチュダックは驚いた顔をした。


「おい、ジョンドウ。知ってるのか?」


「え、まあ、」


ジョンドウ自身も少し戸惑ったようすだった。


「ええと……なんとなく言葉が、浮かんだだけです」


「うーむ、もしかすると記憶を失う前は、俺と同業の類だったのかもな」


「わ、わかんないです。ほんとに思い出せないし」


「まあいいさ。でも、研究がおもしろくなりそうだ」


チュダックはさっさと琥珀をポケットにしまいこんで続けた。


「さてさて、異世界への扉を開くにはエネルギーが重要なんだよ。手っ取り早いのは電気さ。とにかく大量の電気がいる。そこで、そんなものはどこから手に入れようか? なにか分かるか?」


「えーと……雷? とか?」


「おっと冴えてるな。やっぱりお前さん、もとは科学者か錬金術師じゃないのか?」


それから最後のパンのひとかけらを口に放り込み、残りのスープと一緒に胃の中に流し込むと、チュダックはジョンに訊いた。


「さてさて、いずれにしてもどうだったかな? 俺の研究についての感想は」


「えーと……ぼくには理解が、ちょっと難しいですね」


その返事に、チュダックは乾いた笑いを漏らした。


「まあ、そりゃそうだ。なにも共同研究者になってくれと言ってるわけじゃないしな」


そして席を立ちながら言った。「飯も済んだことだし。んじゃ、地下の実験場ラボへ向かうとしよう」


地下室へ向かいながら、チュダックはジョンドウに向かって聞いた。


「ところで、ジョンドウ君。記憶喪失ってのはほんとか?」


「ええ、はい。自分の名前も、憶えていなんです。なにも思いだせないんです……たぶん、こことは違う世界にいたような、そんな感覚だけ」


「なに? 今なんて言った?」


「なにも思いだせないんです。自分の名前も」


「違う、どこに居たって?」


「え? ええと、たぶん、ここじゃない世界みたいな……でも、ほんと、はっきりしないんです。ただの思い違いかも。あいまいでごめんなさい」


「ふーむ。まあ、君が異世界から来たとは到底思えんが、それはそれで興味深いな」


「どういう意味なんですか?」


「どうだかね。意識というものが、ここじゃない世界を知覚できるかどうか? そんな研究をしてるやつがいたんだよ」


「へぇー、そうなんですか?」


「そいつは、気がおかしくなって死んじまったけどな」


「え、」


「まあまあ気にすんなよ。昔のことだしな。それに君もあまりくよくよしないほうがいい。これから忙しくなるぞ」


それから今度はジョンドウのほうからチュダックに質問があった。


「あの、チュダックさん」


「あ? どうした?」


「ええと、ほんとにどうでもいいような質問かもしれないんですけど、その、チュダックさんは犬系統の獣人なんですか?」


その問いかけにチュダックは神妙な面持ちになった。


「うむ……君もコルテシアと同じような感想を持つみたいだな」


「えーと、間違いだったなら、なんかすみません」


「いいさいいさ、もはやこれについては気にしたら俺の負けなんだろうからな」


「もしかして、聞いたらいけませんでしたか?」


「別に。」チュダックは小さくため息を漏らして肩をすくめた。「まあ、俺の研究にも同じくらい疑問があれば、下らんと思ったことも聞いてくれよ」


「あ、はい。わかりました」


「さてさて、ようやく到着だ」


薄暗く、広くて、ものがのとんどないがらんとした地下室で、ジョンドウはここで実験ができるのだろうかと疑問に思った。


「ここがですか?」


「そうだとも! この地下室が俺たちの仕事場になる」


「それで、これからどうするんですか?」


「俺の研究の具現化を始めるってわけだ」


チュダックはポケットから紐を取り出した。等間隔に結び目がつけてあり、非常に長さのあるものだった。


「まずはちょいと部屋の四方のサイズを測っておこう。さあ、こっちの端を持って隅に立っていてくれ」


チュダックは部屋の寸法を測り、改めて部屋の中をまじまじと観察した。


「ここの縦穴は、このさいに有効に活用させてもらうとしよう」


「なにに使うんですか?」


「雷の電気を取るのに、避雷針、あるいは凧揚げをしてもいいが、とにかく地上から導線を通す道にする」


「そういえば、そもそも魔法だけでなんとかできないんですか?」


「もちろん考えたこともあるさ。だがうまくいかなかった。いや、若干は成功したというべきか……」


「ということはチュダックさん、異世界を見たんですか?」


「ああ……まあな。ほんとにわずかな光だった。光が見えた。小指の先ほどの、ミニチュアの窓みたいな大きさの異世界への開口部。まあ、すぐに閉じちまったけどな」


それからチュダックはメモがびっしりと書かれた紙切れをジョンに渡した。


「それはそれとして、できる限りこのリストにある物品を集めて来てくれ」


「ええ、チュダックさんは?」


「俺は、この頭ん中に入ってる理論を書き出して、必要な設計の数字をもう一度計算する」


「書き出す、ってどこにですか? もしかして壁にするんですか?」


「黒板がないんじゃあ、壁に書くしかないだろ?」


それからチュダックは、なにやら数式らしき羅列を猛烈な速さで書き殴りはじめた。


「あとは頼んだぞ。俺よりも君のほうがコルテシアやレザールと仲がいいだろ?」


「えーと、どうなんでしょうね」


「俺よりは付き合いが長いはずだろ? あとは頼んだぜ」 


それだけ言って壁に顔を向けて手を動かすチュダックに、ジョンドウはこれからどうなるのかと、想像もつかなかった。

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