第32話 順調な準備
部屋の中央に直立する格好で置かれた黒みがかった巨大な石板、それを支えている木製の支柱、周囲には種々雑多な奇妙な装置の類と碍子のくっついた大量の銅製のコイル線……さらに、そこかしこに魔方陣が描かれていて、ものによっては呪符まで貼られていた。
それらは一体となって、周囲に対して威圧的な雰囲気を漂わせていた。
そしてチュダックは、石板に最後の魔方陣を描く作業に没頭していて、ジョンドウは魔術用蠟燭を一つ一つ丁寧に手にとり、その品質をチェックするという地道な作業をしていた。
しばらく沈黙が続いていたが、ジョンドウが声をあげた
「チュダックさん、蠟燭のチェックが全部終わりました」
「おう、どうだった? 使えないものがあったか?」
「うーん、二割くらいは不良品みたいです」
チュダックは作業の手を止て、ジョンドウのもとに近寄った。
そしてはじかれた蠟燭の束を見るなり、ため息を漏らした。
「あんちくしょう……ゴミばっかかよ。うん……まあ、しょうがないか。戦争中にしては、これだけの数をよく集めてくれたもんだからな」
それでも使用可能な蠟燭の数は百以上あった。
「数は足りますか? もしダメなら、ぼくからレザールさんに頼んでみましょうか?」
「いいや、レザールを悩ますのも大概にしようぜ。まあ、理屈の上では今ある分で足りるだろう」
チュダックは悩ましげに頭を掻いた。
「ほんとはなぁ、あの石板だって、きれいに研磨して平滑にして鏡みたいにきれいな状態で実験に使うのが理想なんだが……」
「それって大丈夫なんですか?」
「うーん、理想を言えば好ましくなんだがな」
チュダックはやれやれといった感じに両手で頭を掻いた。
「世の中こんな情勢じゃ、手間も時間も不足気味だ。やれる範囲でやるしかない。少なくとも最低限は整ってる。注文を言い続けてもきりがない!」
つかの間、二人は黙って、部屋の中心に直立している石板を見つめていた。
「まあ、ちょいと休憩するとしよう」
「そうですね」
それからチュダックは、作業台代わりの木箱の一つに視線が向いた。
「ところでジョン。あの用紙の束はなんだ?」
「え? ああ、それは空き時間を使って書いたものです」
「ふーん。って、この数式と文章……」
「そうです。チュダックさんが壁に書きなぐっていた文章と数式を、紙に書き写してまとめたんです。まだ全部じゃなんですけど」
「手間なことをするねぇ」
「でも、きちんとまとめれば、ちゃんとした論文になりますよ」
「ふーん、論文か。考えたこともなかった。だいたい俺の理論は俺の頭の中に、しっかりと納まっているからな。書き出してまとめてみようとは思ったこともなかった」
「でもまあ、きれいにまとめるのは、実験が無事に終わってからになりそうですけど」
チュダックは鼻で軽く笑った。
「構うもんか。気長にやればいいさ。さあ、そとの空気でも吸って、軽くメシでも食おうぜ」
そうして二人はいったん部屋を後にした。
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