第27話 謎の半獣人

翌朝、地下牢並みに狭いが地下牢と比べたら快適な新しい住処で目を覚ましたチュダックのところへ、訪れる者がいた。


丁寧にドアをノックしたのもつかの間、チュダックの返事も聞かずに入ってくると大声で挨拶をしてきた。


「新入りさん、おはようございまーす!」


「あ、なんだよ。昨日のつのの魔族ちゃんか」


「だ・れ・が、角の魔族ですって!。変な呼び方はしないでください。私はカリタ・コルテシアというちゃんとした名前を持っています! このブサイク犬頭! きちんと朝の挨拶くらいできないんですか!」


「な、だから犬じゃねえって!」


チュダックはさらに言い返そうとしたが、なんとか思いとどまって深呼吸した。


「まあ、まあいいさ。俺にも名前がある。ティザー・チュダックだ。これでようやく、お互いに自己紹介が終わったな」


「ティザー・チュダック……変な名前ですよね」


「あ? たっくなんなんだ。この要塞では新人いびりの風習でもあるのか?」


「でも始めたのは、あなたのほうからですよ」


「あーもう、わかったわかった。デリカシーのない発言は軽率だった。謝る。すまなかったな」


すると、彼女は手にしていた布袋を投げつけた。


「わ! 何すんだ、まったく」


「これでお相子ということにしましょ。改めて、おはようございます! それはシーツとタオル類、着替えの服、それと切望していたという白衣も入ってますよ」


「ああ、こりゃどうも。これで研究者らしい格好が付くってもんだ」


チュダックは雑に袋の中身を出すと、早速身に着けてみせた。そのようすに、コルテシアは少々あきれた。


「あ、あとレザールさんから、あなたについては少し聞きましたよ。少なくとも、あのソッレムニス陛下が興味を持つようなことはできるみたいですね。まあ錬金術師だということは、私は信じませんけど」


「そうかい? まあ、俺は科学の信奉者だからね。他人がどう思うかなんて知ったことかよ」


「それと……あなたは、ほんとうに人間だったんですか?」


「もう過去のことだぜ。この身体はすっかり馴染んだ気がするし、まるで昔からこうだったみたいに感じる」


コルテシアは、まるで初めての珍獣を目撃したときのような視線を彼に向けた。


そのとき、ちょうどレザールもやって来た。


「おや、コルテシア。もう来ていらしたのですね」


それから彼女とチュダックとの双方に視線を揺らした。「よろしいですか? お二方、先日のような喧嘩など始めないでくださいよ」


「ああ、大丈夫。ちょうど和解したところなんだ」


「レザールさん。私だってそんなに無粋なことはいたしません」


「そうですか? それならよろしいのですが」


「それはそうとしてだ。俺の研究に、助手の適任がいるかな?」


「そういった者はおりませんよ」


レザールのきっぱりとした返答に、チュダックはすぐに大きくため息をついた。


「せめて、一人だけでもいいんだけどねぇ」


「そうですね。適任……かどうかは言えませんが、ただ単純に充てることのできる者ということでしたら、いないこともありませんが」


「そりゃいい。早速合わせてくれよ」


「今からですか?」


「ああ、朝食なんて後回しでも構わんさ」


そうしてレザールの案内でチュダックはその人物のもとへ向かうことになった。


「それにしても、幽閉されている人物とはねぇ」


「言ってしまうならば、貴方と似たようなものです」


「それはどういう意味で? 見た目か? それとも経歴って点でか?」


「貴方の好む言い方をすると、例の魔術のお試し版テストケースにされた人物とでも言うところでしょうか」


一瞬、チュダックは考え込んだが、すぐに理解した。


「ふむ、なるほどねぇ。あの石棺に押し込めて、あのクソ苦い液体を浴びせるのは今に始まったことじゃないわけだ」


「なにごとにも最初というのがあるものですよ」


レザールは昔を思い返すような感じに続けた。


「あれは、嵐が過ぎてよく晴れた日の朝のことだったかと。持ち物はなく、布切れだけ羽織った小柄な人間が見つかりました。外傷はなかったものの、衰弱していて、虫の息でした。周囲にほかの人間がいるような気配もようすもありませんでした」


「実験に使うにはうってつけだった、ってわけか?」


「察しがよろしいようで。とはいいましても、わたくしも直接に見たわけではありませんよ」


「どっちにしても、実験は見事成功。しかも拾い物の被験者は元気に生きてる」


「まあ、そういうことになりますね」


「ところで、そいつのことはなんて呼んでるんだ?」


「わたくしたちのあいだでは、身元不明ジョンドウとだけ」


チュダックは鼻で笑った。


「たっく、この要塞は曲者ぞろいのくせに、少しは洒落ってもんを知らないのか?」


「とんでもございません。人間どもとはセンスが違いますから」


「あちゃー、それじゃしょうがない。あ、そうだ。ところで、このおっかない変身の魔術を考案した奴は、いったいどんな奴だ? 一度会ってみたいもんだ」


「お会いすることは叶いませんよ」


「なんで?」


「その魔術の最後の改良点についてメモ書きを残して、今も失踪したままなのです」


それからレザールは、とある部屋の前で立ち止まった。


「さて、この部屋です」


チュダックは、その鉄の扉の格子窓から中を伺った。


そこにいた人物はチュダックのように、どこか歪なキメラのような見た目となっている獣人だった。ただし、彼とは種族が異なった。


首下から肩と両手にかけてと、下半身がトカゲなんかを思わせるような見た目で、胸から腹部にかけてと頭部が人間のそれだった。ただし、顔は鼻筋のあたりがトカゲのような様態になっていた。


服をまとっておらず、髪はぼさぼさ、尻尾は引きずるほど長く、手足の指先にはとがった爪、そして胴体は切り傷だらけだった。


男なのか女なのか、区別が難しい中性的な顔立ちで、部屋の隅からこちらに向ける視線のその眼には、恐怖が浮かんでいるようだった。


「にしても、酷いもんだな。あの傷は? 拷問でもしたのかい?」


「いいえ、とんでございません。彼は自分で傷つけているのですよ。一応の手当てはしていますが、手に負えません。少なくとも他者に危害を加えることはないのですが、もしかすると貴殿よりも狂人かもしれません」


「あるいはストレスからの自傷かもな」


「なんですと?」


「とにかく、話をしてみようじゃないか。入ってもいいのかい?」


「ええ、構いません」


そしてチュダックが中へ入ると、相手は明らかに怯えたそぶりをみせた。


「まあまあ、落ち着けよ。ジョンドウ君。俺は話をしに来ただけだ」


相手は改めてベッドに腰を落ちつけたが、それでもチュダックを警戒しているようだった。


「まあ、少しばかり君のことは、そこにいるレザールから聞いた」


「そう、なんですね」


「といってもまあ俺にとっては、細かいことはどうでもいいんだ。」それから単刀直入に言った。「俺の研究に協力してくれないか? 今、助手を探しているんだが、どうにもこの要塞は人手不足らしい」


「研究? あ、あなたはもしかして、科学者かなにかなんですか?」


「まあ、そうだな」


「でも……その、ぼくみたいなのが、その助手の仕事なんて、務まるんでしょうか?」


「さあな、あんまり悲観的になるなよ。やってみなきゃ分からんぜ。それより、あんたの恰好はひどいもんだ。今一度傷を手当てしてもらって、きちんとした服を着て、その頭の散髪も必要だ。それと名前もどうにかしないとな。身元不明ジョンドウなんて呼ばれるみたいだが、どうなんだ? トカゲのジョン君」


「べつに、なんて呼ばれても僕はどうでもいいです」


「じゃあ俺もジョンドウって呼ばせてもらうぜ。あるいは、トカゲのジョンで決まりだな。よし、じゃあ朝飯を食おう。俺の研究についての話といっしょにな」

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