第26話 新しい住処と地下の実験室

ようやく、チュダックに割り当てられた小さな部屋の前に来た時だった。レザールに声を掛ける女性の姿があった。


「あ、レザールさん。お疲れ様です」


「これは、コルテシア。そちらこそご苦労様です」


両腕に荷物を抱えながら廊下を進んで来たのは、まるで山羊のような角と眼をもつ魔族系の女性だった。


「ふーん、人間みたいな可愛いお嬢さんもいるんだな」


「な、な、なんなんですか! あなたは」


彼女はその場に荷物を置くと、抗議のこもった声を上げた。


「ちょっと、レザールさん! このデリカシーのない発言をする不細工な犬顔の獣人は、いったいぜんたい何者なんですか! もしかして新入りですか?」


「ええ。彼は、まあ、新入りといえば新入りでしょうか」


「レザールさん。どうしてそんな、ハッキリしない返事をするんですか?」


「今回は事情が少々、特殊なものですから」


「おい、角のお嬢さん、言っとくが俺のこれは犬じゃねえぞ」


「じゃあ猫だとでも言うんですか? 私には不細工な犬にしか見えません! そもそも一体全体、何者なんですか?」


「俺はこう見えても、錬金術師アルケミストだ」


「へえぇ、アルケミストですって? 詐欺師スキャマーの間違いじゃないんですか?」


「なんだと! そっちこそ使用人かなんかのくせして!」


「失礼ね! 私はこの要塞で調理場、炊事洗濯被服の監督責任者を務めているんだから! 新入りの分際で偉そうなこと言ってるんじゃないわよ! このツノで弩突いてあげましょうか!」


「お二人とも! いい加減にしてください」


レザールがいい加減に間に割って入った。それから大きなため息を漏らした。


「よろしいですか? わたくしを困らせるようなことは謹んでいただきたいですね」


「ごめんなさい、レザールさん。それでは、私は仕事の途中ですから行きます」


「ええ、あとで話が少しありますので伺いますよ」


「はい、了解しました。では」


それから彼女はチュダックとすれ違いざまに、彼の尻に向けて軽く蹴りを入れた。


「つっ! 痛ってぇな! なにしやがるんだ!」


しかし彼女は見向きもせずに小走りで去っていった。


それをみてレザールは、愉快そうに笑いをこぼした。


「あれでも手加減してくれたようですね。それにしても貴殿も恐れ知らずな方ですな。彼女をからかったりして、あまり怒らせるような真似はしないでください」


「ああ? そうなのか?」


「カリタ・コルテシアを甘くて見はなりません。彼女の武術の心得は一流といえるものですから」


「まったく、この要塞には、一癖も二癖もあるある奴ばっかりみたいだな」


「それをおっしゃるなら貴殿も、相当に癖者なことでしょう」


「やれやれ、俺はもしかすると、選択を少し間違えたかもしれんな」


「後悔先に立たずでございますね」


「ああ、ところでなんだが」


「なんでしょうか?」


「俺が寝るだけの部屋なんてのは、ぶっちゃけどうでもいいんだ。使えそうな地下室はあるか? なるたけ広い部屋がいい」


「広い地下室ですか?」


「そうだぜ。なにせ、でかい装置をつくるからな。狭い場所は勘弁してくれ」


「それでしたら、屋外ですれば良いのではありませんか?」


「あのな、今は戦時下だろ? 要塞の庭で堂々と作業なんてやってたら連合軍の偵察に見つかるぜ、きっと」


「それはそうかもしれませんが……ええ、そうですね。ちょうどよいところがあります」


それからレザールは、少し面倒くさそうに彼を地下のとある場所まで案内した。


いくつかの階段を下り、いくつかの入り組んだ通路を進んだ場所だった。


「ここですよ」


「へぇー、なかなかいい場所じゃないか」


「以前は、食料などの貯蔵庫として使用していた場所になります」


「ほうほう。で、なんで今は空っぽなんだ?」


「部屋の一角にある縦穴シャフトから、少しばかり雨漏りするようになったためです」


「けっ! 雨漏りか」


チュダックはその縦穴とやら場所に近づいて見上げた。


「それで、酷いのか?」


「さほどではありません。しかし食料の保管に、湿気は大敵ですので」


「まあひとまず、細かいことは我慢することにするよ。んで縦穴はなんだ?」


「ここは貯蔵庫でしたから、荷物の出し入れに利用されていました」


「ああ、なるほどな。そうことか」


「無論、現在は使用していないので塞がれていますけど」


「とにかく、ここは俺の実験室ラボにするからな」


「ええ、それではどうぞご自由に」

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