第25話 開戦の理由 銀の弾丸

ソッレムニス陛下の指示を受けたレザール・アシエは、チュダックを連れて簡単に要塞のなかを案内してまわることとなった。


横に並んで歩き続けながら、チュダックは訊いた。


「ついでを言うと、助手も欲しいもんだが、適任がいるかな?」


「なにをおっしゃいますか? それはまた贅沢な注文にございますね」 


「だが、魔王さん……おっと失礼、それでもソッレムニス閣下殿は、多少なりとも俺を気に入ってるわけだろ?」


「ソッレムニス陛下殿は、あのようにみえましても、ずいぶんと物好きなお方ですから」


レザールは小さくため息漏らした。「ただ、この際にハッキリと言っておきますが、貴殿は、この要塞では捕虜と言ってもまちがいではない存在なのですよ。少しばかりは自覚していただきものです」


「そう言っても、俺の研究には多少なりとも人手が必要なもんでね」


「分かっていらっしゃるとは思いますが、我がアゴニア連邦はソッレムニス陛下の指揮のもとに、卑劣な人間どもの軍勢と総力戦の戦争をしているのです。貴殿の理解不能な研究に対して、無駄な資源を割く余裕はございません!」


「だが、俺の研究が成功すれば戦争も変わる。うまく利用すれば、敵地のはるか後方に一瞬にして軍隊を送り込む、なんてことだって可能になるさ。投資する価値は十分にある」


「つまりは、その逆もしかりと言うことですよね?」


「あー、まあ、そりゃ、そう言われるとそうだが、こんな姿になってまで、今更なんで人間の味方をする必要があるって言うんだ。それに本質はそこじゃない。異世界への接続点を作ることが本来の目的だ。俺は、俺の研究の支援者パトロンが人間か魔族かなんて、正直どっちでもいい。研究ができれば誰だってかまわない。それに成功すれば、こことは違う世界を手に入れることができる」


「それが今一つ、わたくしは理解に苦しみます。こことは違う世界とは、いったいどんなものなのですか?」


「別の世界は、別の世界だよ。だから異世界って言ってんだ。あるいは並行世界かもな」


レザールはあきれたように首を振った。


「わたくしには、あなたのその情熱が理解できませんな」


そうしているうちに、大広間あるいは休憩のためのサロンとでも思える広い空間がある場所に出た。


ソファや椅子、テーブルが置かれいて、さらには簡素なバーカウンターらしきものまで置かれていた。そして周囲の壁には、大小さまざまな絵画や肖像画が飾られていた。


「こりゃ、いい場所だな」チュダックは部屋の中ほどに立つと、ぐるりと見渡した。「そこのカウンター、一杯飲めたりするのか?」


「この要塞で働く者ならば、空き時間には自由に使うことができます」


「酒は飲める?」


「それは、その時々によります」


チュダックは壁の絵画に視線を向けた。大半は名前も知らない魔族の肖像画だった。


絵画の中で一つ、彼の興味を引くものがあった。


「なんだ、これ?」


それは絵ではなかった。

 

赤色の大きな額縁、ただ黒一色の背景の中に、親指の先ほどの大きさをした銀色の玉が置かれていた。


近づいてよく見ると、十字のような印が刻まれてあり、その溝には黒っぽい色の汚れが付いていた。


「それは……ソッレムニス陛下が愛されていた奥方、故シャリテ・スピール夫人の生命を奪うことになった銀の弾丸シルバーブレッドでございます」


「あ? そいつは、もしかしてあの暗殺事件か?」


「そうです」


チュダックは今一度、興味深げに弾丸をじっくりと眺めた。


「たまげたなあ。もっぱら、自作自演だとか言われてるのは聞いたけどよ」


「それは人間どものプロパガンダにすぎません!」


「まあ、世の中そういうこともあるかもな」


「人間どもは卑劣です。あれは我が連邦の記念式典の最中でした。いったいどこから、どうやって狙撃したのか、わたくしにも見当がつきません。しかし、誰がやったのか? という質問の答えは明白でしょう。人間です。それ以外にはあり得ません。夫人の頭部を上方から撃ち抜いて、一瞬にして命を奪ったのです! よくご覧なさい! 純銀製の弾丸です。丁寧なことに、手彫りで十字まで刻んであります。このような、手の込んだ卑劣なことをするのは、いつも人間たちです」


「だろうな」


チュダックはまじまじと弾丸を見つめた。


「まさか、本当だったとはね」


だがその丸い弾丸は、よく観察すると、なにか硬いものにでも当てたような僅かな変形が、ところどころにあるのがわかった。


「んまあ、奇妙な弾だな」


「わたくしも少々、説明に熱が入ってしまいました。さてさて、よろしいでしょうか? 部屋に案内する途中でしたね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る