第24話 離反することにした軍属

ソッレムニスの前にひとり残されたチュダックは、少しばかりそわそわした様子だった。


少なくとも、毒虫まがいの身体に変えられた分隊長を運ぶ手伝いをするよりはマシだと考えていたが、どことなく心細く感じるのも事実だった。


「えーと、魔王さん。なんで俺だけ居残りなのかな?」


ひとり残されたチュダックに対して、ソッレムニスは率直に訊いた。


「おぬし、みたところ兵士でも騎士でも、剣士というわけでもなさそうだが、どうかね?」


「ああ、そうだな。俺は、一応の軍籍はあるけど、まあ正規の兵士ってわけじゃない。そうだ、いわゆる軍属ってやつだな」


「軍属とな?」


「まあ、なんつうか、あれだ。軍に雇われた民間人とでもいうところだ」


「はっはっは。人間たちの連合軍も、なかなか苦労しているとみた」


「べつにね、そういうわけでもないけどよ」


「それから、おぬしが隠し持っていた、この奇妙な道具はなんだね? 我には皆目、使い道の検討もつかぬ」


「ああ、探知器とでも言う代物だが、うーん、詳しいこと話すとめっちゃ長くなるぜ、魔王さん。いいの?」


「そうかね……では、おぬしの生業とは、関係のあるものか?」


「そりゃもちろん。俺は科学者の端くれなんだ。それと一応、魔術や魔法にも心得がある。まあ世間一般じゃ、そういうのは錬金術師アルケミストってなんて呼ぶらしいがな」


「ほうほう、錬金術師アルケミストかね?」


「べつに呼び方はどうだっていいけどな。なあところで、どうせどのみち、後で処刑するつもりなんだろ? 俺は今、猛烈にタバコが吸いたいんだが、誰か持ってねえか? それとも魔族に喫煙者はいないのか?」


「おぬし、自分が置かれている立場を分かっておるか?」


「うん? まあ、」それから今一度、周囲を一別してからつづけた。「そうだな。おっかない連中に囲まれてて、俺の生殺与奪権はそっちが持ってる。まあ、弄ばれる立場だな、こりゃ」


「よく分かっているではないか」


「なあ、魔王さんよ。仮に俺が処刑を免れたところで、どうせ残った兵士といっしょに、さっきのときの分隊長みたいに化け物かなんかにする魂胆もあるんだろ? どうせなら、そうだな……俺はオオカミとかジャッカル、タイガーとか、そういう格好いいのがいいな。ヤスデみたいな虫よりは、毛皮にされるほうがマシだ。希望が通るのかい?」


軽口とも思えるチュダックの話に、ソッレムニスは静かに笑った。


「おぬし、なかなか口が達者でおもしろい奴とみた。気に入った。人間であるにも関わらず、獣人にでもなりたいのか?」


「そりゃ、もちろん。毒虫よりは」


「はっはっは! なんと迷いのない返事。まことにおもしろい。だがな、おぬしにオオカミは似合わん」


「ありゃりゃ、それは残念だな。毒虫にされるくらいなら、この要塞のてっぺんから岩の上にでも落としてもらったほうがマシだけどね。俺にも拘りってもんがあるんだ」


それからソッレムニスには、側近の一人を呼び寄せると小声でなにか言い、側近は答えた。


「はい閣下。ええと、今準備できるものですと、さきほどの毒虫、コウモリと陸生貝、蛇に、あとは……ハイエナがございます」


「よろしい、それなら奴を、ハイエナと混合ミックスしてやりなさい」


「えぇ、ハイエナかよ……」


「気に入らんか? なら毒虫でもよいのだぞ」


「分かった、分かったよ。それじゃあ、ハイエナで結構だ」


そうして、分隊長の時のように準備が進んだ。


ただ違うのは、チュダックは自ら石棺に入った点だけだ。蓋が閉められて、薄紫色の液体が小さな開口部から中へ注がれ、呪術が唱えられる。


再び蓋が開かれて、石棺から転がり出てきたチュダックは、その場でゲホゲホとむせた。


「なんで誰も言ってくれないんだ。あの液体が、こんなに激苦とは聞いてないぞ。まったく!」


「うーむ。それよりもまずは、自身の身体を、よく確認したらどうだね?」


「あ?」それからその場に立ち上がって、自身のようすを確かめた。「おい、下半身だけじゃないか! って、いや待てよ……この頭、顔」


首から頭頂部にかけて、両手で子細に触って確かめようとした。


「こ奴のために、鏡を持って来てやれ」


ソッレムニスの声掛けに部下の一人がすぐに動いた。


チュダックは手にした手鏡を呆然と見つめた後、首をゆっくり振って左右や頭頂部、耳のあたりをよく確かめた。


そのようすに、ソッレムニスは愉快そうに笑った。


「はっはっは。どうだね? おぬしは、それで満足かね?」


「ああ、満足かどうかは別として、とりあえず気に入った。毒虫なんかよりははるかに良い。ひとまず礼を言うよ。ついに人間は卒業ってわけだ」


周囲にいる魔王の家臣たちや兵士は彼に対して、まるで得体のしれない化け物を見るような視線を向けていた。


そして側近の一人がソッレムニスに近づいて具申するように述べた。


「陛下殿、その、この人間は……その、気がふれているのではないでしょうか? これまで見てきた人間どもと比べると、とても正気とは思えません。目の前で仲間が毒虫の混合体に変えられても、それを笑って見ておりました。そのうえ自ら獣人になりたがり、今はその格好に満足したなどと言っております」


「そのようなことは問題ない。我からすれば人間どもは、みな狂っているも同然だ」


「魔王さん、流石だ。人間がまともじゃないってのは、ある意味本質をついている。どいつもこいつも頭のおかしい奴ばかりだよ、人間ってのは」


「それならば、おぬし自身はどうだったのだね?」


「俺は正気でいるつもりだ。だから周囲からは、変人に見えたことだろうぜ」


ソッレムニスは側近の一人を呼んだ。


「レザールよ」


「はい、陛下殿。なんでございますか?」


「ひとまず君が、この特異な狂人の面倒を見てやってくれ」


「ええ?」レザールと呼ばれるトカゲのような風貌の魔族の男は、思わず上ずった声を出した。「わ、わたくしめが、でございますか?」


「左様。少なくとも今は、お目付け役が必要であろう?」


「ところで魔王さん、俺を特異な狂人呼ばわりとは、なかなかのセンスだな」


「気に入らんか?」


「いや、結構。だが、もうちょっとひねったニックネームが欲しいなぁ」


「名前など以前に、まずはこれをくれてやろう」


「おいおい、それは首輪か? おうおう、いよいよ、鎖に繋がれて飼い殺しにされるわけだ」


「ただの首輪などではないぞ」


「ああ、だいたいの検討はつくぜ。魔法かなんかで、俺の行動を制限するんだな、きっと」


「察しが良いのは、おおいに結構なことであるぞ」


ソッレムニスはレザールにその首輪を手渡した。それからレザールはチュダックの後ろに回り込むと、少しばかり乱暴な手つきで首輪をつけはじめた。


「おーと待てよ。あんまり、きつくするなって。俺は苦しいのが苦手なんだ」


「よいですか?」レザールは耳元でつぶやくように言った。「陛下殿は、どうやら貴様をお気に召したようですけど、わたくしはそうではありませんので」


グッと力を込めて首輪の取り付けを終えた。もちろん、付けられた当人が外せない代物だった。


「それで、この首輪の役目はなにかな? 俺を要塞に閉じ込めるだけか?」


「我々の期待に応えられなければ、死も与えてくれるぞ」


「そりゃおっかないねぇ。でも、まだ魔王さんは俺の研究について、本気で信じていないだろう?」


「結果さえ出せば、なにも問題ではない」


「それじゃ早速、俺に仕事を始めさせてくれないか?」

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