第23話 石棺と恐怖の魔術
狭く暗い牢の中で与えられた食事は、パン屑の山とカビの生えたチーズ、腐りかけのソーセージの切れ端だった。
それでも水だけは、かなり新鮮なものだったのが救いだった。
フラッハと部下たちは、一言も発せずに、まともに食べられそうなところを選り分けて口にした。
一方でチュダックは、細かいことなど気にせずといった様子で食事にありついた。
「こりゃなんとまあ、豪華な食事じゃないか。懐かしさすら感じるぜ」
「気をつけろ。腹を壊すぞ」
「お気遣いをどうも。だが俺は、ここよりもひどい場所を経験をしたことがある。それにくらべりゃ楽なもんだ。このチーズ旨いな」
あきれたフラッハたちはそれ以上取り合う気すら起きなかった。
そうして食事を終え、しばらくすると、複数人の足音が聞こえてきて扉の前で止まった。
「お前ら、喜べ」
扉の小さな格子窓から声がかけられ、フラッハ分隊長が応えた。
「なにごとだね?」
「我がソッレムニス陛下が、貴様らにお目にかかりたいとおっしゃっている」
「ソッレムニス陛下? つまりは、私たちは魔王とご対面ということか?」
「人間どもは不届きな連中だな。魔王などと侮蔑しおって。陛下は我が連邦をまとめ上げた偉大な指導者だぞ」
そうして五人は、久しぶりに牢の部屋の外へ出ることになった。しかし、鎖のついた手枷足枷はついた状態であったが。
* * *
魔王……もとい、アゴニア連邦統一の立役者にして種々様々な魔族たちにとっての偉大な指導者ベルフェクティオ・ソッレムニスは、その素顔を隠していた。白色の太い縦線が一本描かれた黒装束で全身を包み、金色で縁取られた灰色の仮面を着けていた。
「君たちは、この要塞の間近くで何をしておったのかね? むろん、偵察一つであることは容易に想像がつくが」
「申し訳ないが、軍機につき答えられない。そもそも答える義務もない」
「別に、いいじゃないのさ」
チュダックが唐突に口を挟んできたので、分隊長は彼を睨み返した。
「おい、余計なことは言うなといっただろ」
「俺には正直、義理なんてないぜ」
「いい加減にしないか」
そのとき、彼らを囲むように立っていた屈強な兵士たちの一人が、剣を抜いて二人の間に突き付けた。
「貴様ら、陛下殿を前にして見苦しいぞ!」
しかしソッレムニスは、その様子を見ていて、まるで楽しんでいるかのように静かに笑った。
「まあまあ、よいではないか。我は愉快に思っておる。剣をしまいなさい」
それから側近の一人になにか小声で指示を出すと、フラッハ分隊長の目の前に、台車に乗せられた石棺が運ばれてきた。
「これはいったい……なにをするつもりだ。まさか私を、この石棺に押し込めようというのか?」
さすがの分隊長も、目の前の状況にから先行きを想像して、額に冷や汗をかいていた。
「もしも拷問でもするつもりなら、やめた方がいい。戦後に戦争犯罪に問われることになる」
「そういったことがらは、戦争が終わってから気にするべきことだとは思わんかね? それに拷問などという無粋なことはせん」
「では、なに企んでいるんだ?」
「心配はいらん。殺しはしない」
分隊長は少なからず抵抗したが、無駄だった。
少なくともこの要塞にいる魔王軍の兵士たちは、並みの人間と比べたら体格が桁違いで、いともたやすくフラッハ分隊長は石棺に押し込められた。
それから蓋が閉じられ、またしても別の家臣が巨大な壺を抱えてやってきた。石棺には穴があけられているようで、金属製のロートが取り付けられると、壺の中の薄紫色をした液体が注がれた。
分隊長の部下三人とチュダックは、黙って事の成り行きを見つめるしかなかった。
それから深紅の服でフードを深く被った、魔術師らしき集団がやって来て石棺を取り囲み、呪術の暗唱をはじめた。
だがチュダックは怪訝そうに、その様子を懐疑的な目で見つめていた。
少しばかり演技がかったようにも思える儀式が終わり、石棺の蓋が開かれると、かつて分隊長だったものが転がり出てきた。
胴体と頭部は確かに本人だったが、着ていた服や身に着けていたものが消えて裸だった。さらに手足がなく、代わりに胴体から虫のような足が、ムカデのように何十本、あるいは百数十本も連なるように生えていた。そして頭は明らかに不自然な角度で胴体と繋がっていて、両目はあらぬ方向を向き、口からは泡を吹きながらキーキーといった感じの甲高い音を発していた。
まるで自分のその状態を苦しんでいるかのように、足を動かし、その場にのたうち回った。
部下たち三人は、目の前に現れたその姿に恐怖し、声にもならない叫びを漏らして後ずさった。さらに一人は跪いてその場で吐いた。
だがチュダックだけは、一歩踏み出して近づき、じっと観察するように見つめた後、唐突に言った。
「うへぇ、めっちゃくちゃ気持ち悪すぎる! あーあ、哀れな分隊長殿」
そしてその場に跪いて、肩を震わせたかと思うと、堪えられないといった様子で笑い出した。
「こりゃ傑作だぜ。うける。それでこれ、なんて魔法だ? 思いついた奴はサイコーにぶっ飛んだセンスしてやがる! 連合軍が知ったら、ビビり散らかすぜ」
そして笑い転げるチュダックに対し、魔王の側近や家臣たちは怪訝な視線をむけたが、魔王だけはその仮面の下から、じっと興味深げに見つめていた。
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