いかにして狂気のアルケミストは心配することを止めて〈奥の部屋〉へ繋がる扉をつくることにしたのか?
第21話 偵察部隊
グランツ大陸南部にあるアゴニア連邦……もとい、多種多様な魔族の軍勢からなる魔王軍に対抗するのは、大陸北部同盟とクルデーレ共和国、それとエスポワル公国の三大勢力からなる連合軍だった。
そして今、戦線の最前線で夜間偵察に繰り出していたのは、急きょ招集をかけられたフラッハ分隊だ。
隊長のフラッハ・オプファーは、三人の部下と、武装していない一人の軍属を率いていた。しかも他の味方の部隊にも知らされていない極秘の偵察というものだった。
視界良好な月夜の下、進んでいる雑木林のすぐ近くには、天然の岩山を利用してつくられた魔王軍の戦線要塞がそびえていた。
フラッハの部下三人は、これまでも共に任務をこなしてきた仲間だったが、軍属の男は違った。
ティザー・チュダック……この男、共和国においては研究者とやら職業についているらしく、このときにも奇妙な機械を手にして歩いていた。
金属枠で補強されている携帯バイブルほどの大きさの木箱で、革ひもで肩から下げることができるようになっていた。その箱の表面には、まるでメトロノームを思わせる金属製の太い針が取り付けてあり、その下部には透き通った赤と緑の色の石が一つずつはめ込まれていた。
まったくもって分隊長には、その道具の用途は 見当もつかなった。
そのうえ、この偵察任務の目的も、この軍属が一緒について回ることになる理由すらも聞かされていなかった。なんでも極秘の計画があるとかで、はっきりしたことは訊いても答えを得ることはできなかった。
「君が手にしている、その道具はいったいどんなものなんだ?」
「説明する義理は無いし、説明したところであんたたちが分かるとも思えないな」
「なんだと?」
するとフラッハの部下が苛立たしい声をあげた。「てめえ、口の利き方に気を付けろ。今こうして護衛してやってるのは、このフラッハ分隊だぞ!」
だが、怒鳴られたチュダックはいたって冷静だった。
「ああ、こりゃ失礼したね」
それでもフラッハは平静さを保って部下をたしなめ、ティザー・チュダックに訊き直した。
「君、私の仲間の気持ちを、少しは察してやってくれないか。これまでにも我々は、危険な任務に就いてきた。だが今回は目的も聞かされず、他の部隊にも秘密で、君と言う共和国軍から派遣された素性もしらない軍属を連れて魔王軍の要塞近くまで出向いているのだ」
「まあ……俺はただ、自分の研究が出来れば、それでいいと思っている」
「どういうことだ?」
「共和国政府は、俺のしたプレゼンが気に入ったらしくてね。気前よく俺の研究に予算を付けてくれることになった、ってわけだ。それで、その研究の一環でここに来たってこと」
要領の得ない言葉に、隊長は少し悩んでからつづけた。
「では、話を戻そう。理解できるものか分からないが、その手にしている道具の説明をしてくれないか?」
「こいつは、小型の探知装置ってとこだな」
「探知装置? 何の探知ができるんだ?」
「空間の歪みさ」
「空間のゆがみ?」
「そうさ。そんでもって俺は、異世界への入り口を作るのに適した場所を探してる、ってわけだ」
そのとき、後方を警戒していた部下が言った。
「分隊長殿、どうやら我々は、つけられているようです」
「数は?」
「おそらく二名、それと左前方にも気配を感じます」
「しまったな」
「つまりは、すたこらと撤退ですかね?」
「まったく君は、まるで他人事のように言う」
「ああ、昔からよく言われるよ」
「では、撤退でよいか?」
「いいよいいよ、どうせ今回も空振りだったみたいだからね」
そして分隊は撤収へと移ったが、その判断は遅きに失した。すでに分隊は包囲されていた。
どこからともなく魔王軍の兵士たちの影が現れると、とりかこまれてしまった。
かるく十数名は超えていた。暗がりではっきりとはしなかったが、半数以上が見上げるほどの屈強な体格であることは確かだった。
「おやおや、間抜けな人間の部隊がのこのことやって来たものですね」
暗闇に二つの目がきらめいたかと思うと、灰色をした狼頭の獣人の姿が現れた。
フラッハの部下たちは即座にマスケット銃を構え、分隊長自身もホルスターからフリントロック銃を抜いたが、不利な状況であることに違いはなかった。
目の前の獣人は軽装甲冑に剣を提げていたが、周囲の兵士たちは明らかにライフル銃、あるいはクロスボウを構えていた。
「この状況で抵抗なさるつもりでしょうか?」その獣人は剣を手にすることもせずに、平然とした態度で言った。「我々は、それでも構いませんが、勝算がどちらにあるか、それは明白でしょう? 銃にせよ弓にせよ、あるいは自身の血だとしても、多少は節約するのが賢明ではありませんか?」
おそらく、目の前にいる魔王軍の部隊を指揮しているのであろうその獣人は、非常に落ち着いたようすで、すでにフラッハ分隊に対して勝利を宣言しているようなものに思えた。
フラッハは、手にしている銃をしばらく構えていたが、ついに諦め、それをおろした。
「くそ……」
フラッハ分隊は武器を置いて、結局は投降することとなった。
「ありゃりゃ、これは大変なことになっちまったな」
相変わらずティザー・チュダックだけは、目の前の出来事に他人事のような態度だった。
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