第20話 英雄たちの帰還

夕陽のオレンジ色の光が降り注ぐなか、ファルケ大尉が操るドラゴン輸送船は、無事に郊外にある軍の訓練場へと着陸した。


「やったで! 地面や! 大地や!」


ロクァースはゴンドラから飛び出すように降りると地面に寝転がり、まるではしゃぐ子供のようだった。


「わてら、ついに帰ってきたんや! 戻ったんやで!」


グノシーとソフィアもゴンドラから降りると、その場に脱力したように座り込んだ。クラージュもそのようすをみると、脱力して安堵のため息をこぼし、荷物をおろした。


四人と一匹からなる第三次探索隊は、無事に公国へ帰還を果たしたのだ。


「フォルティス殿、それとメンバーの皆さんもお疲れでしょう」ドラゴンから降りたファルケ大尉が声をかけた。「ひとまず、近くにある宿舎へ案内しよう。すぐ部屋を用意させる」


「手間を取らせて、申し訳ないな」


「とんでもない! 君たちは公国の英雄だ」


「それと大尉、近衛隊の師団長に連絡を取ってくれないか?」


「それもそうだな。すぐに使いを出そう。ただ、今日はもう日暮れだ。とにかく君たちは、ひと休みするといい」


「ああ、そうさせてもらう」


いずれにしても、クラージュもロクァースもグノシーとソフィアもフェデルタも、帰還した安堵と疲労感で、すぐにでも休息を取りたかった。


そして、師団長が訪れたのは翌日の朝になってからだった。


しかし、彼の口から聞いた説明に、彼らは驚愕した。クラージュたち第三次探索隊が下層への探索に出発してから、なんと一年もの月日が過ぎていたのだ


「師団長殿。いったいどうなっているのですか?」


「それがだね、クラージュ・フォルティス。今私は、近衛隊ではなくて参謀にいてね。少将になったばかりなんだ」


「これは、失礼いたしました。少将殿」


「まあまあ、呼びにくいだろうから、師団長でも構わない」


「それで、師団長殿。私たちが魔窟に入ってから一年以上も経っているといるのは本当ですか? とても、信じられません」


「ああ、本当だとも」


ファルケ大尉の乗るドラゴンと遭遇したとき、空挺団の再編という話を聞いて、クラージュがとまどったのは無理もなかった。


そして、四人と遭遇したドラゴン乗りの訓練教官が、彼らを直接知っていたファルケ大尉だったというのも幸運だった。半ば伝説となっていた第三次探索隊のことをよく覚えていたからこそ、迷わずその場で救出を決断したのだ。


「信じられへんな」ロクァースも言った。「長うても、あの迷宮を彷徨ってたんは、五、六日くらいの感覚なもんじゃなかろうか?」


「それに加えて、君たちが深部の探索に出発した後、発見された探索隊の遺体の回収を終え、追加の探索計画が持ち上がったタイミングで地震が発生したのだ。魔窟どころか、要塞だった場所が地震によって崩壊してしまった。まさか、君たちが無事に生きて戻ってくるとは、到底想像もできなかった」


「そんなことが起きたとはね」


それからクラージュたちは、探索のあらましとその顛末を伝え、一方で師団長からは、この一年間の情勢や暮らしの変化などを教えられた。



「最後に重要なことを、」師団長はかしこまって言った。「国王イロアス陛下は現在、病床にて療養の身となっておられる」


「なんですと!」クラージュは驚いた。「それは深刻なものなのですか?」


「いいや、今のところは、大きな影響が出てはいない。身体的に負担の無い公務のいくつかは勤めておられる。それに国政の一部では、代行役職を立てて議会によって運営されている。ただ、後継者がいないからな。そのことで側近たちは頭を悩ましている」


「いやぁ、わてらがダンジョンを彷徨っとるあいだに、大変なことになっとりはるますな」


「師団長殿、その状況なら直接に探索の報告を申し伝えたいのですが、いかがでしょうか?」


「まあ、その程度なら問題ないだろう。むしろ国王陛下も聞きたがることだろう。私が取り次ぐとしよう」


* * *


そして二日後、クラージュたち四人と一匹は、専用の保養所に滞在する国王陛下に謁見し、探索の報告することになった。


「療養のところ、大変失礼いたします」


「なあに、かまわんよ。君たちは英雄だ。それに私も、こうして政治のごたごたから解放されるのも悪くない」


「私たちが行なった魔窟の探索について、結果をお伝えに参りました」


「よろしい。少将からも少し聞いておるが、是非とも君たちの口から語ってくれ」


そうしてクラージュを中心に、探索の始まりから、謎の黄色い迷宮、奇妙な魔物の退治、彷徨い歩いてついに奇跡的な脱出までの結末を語った。


話を聞き終えた国王は感心したようにうなずいた。


「大変な冒険だったことであろう。君たちは、まさしく公国の英雄だ。もしも望むのならば、一生の生活に困らないほどの暮らし、あるいは金銀の貨幣を、報酬として用意することができるぞ。君たちはこの任務の報酬に、何を望むかね?」


国王の問いかけにクラージュたちは少し考えこみ、順番に答えた。


「国王陛下、私は、軍に戻って騎士としての仕事を続けるまでです」


「わては、この街の滞在資格がええですわ。しばらくここで暮らしとう考えますわ。まあ生活は自分でなんとかしますわ」


「僕は、魔導士としての仕事を続けられば、それがいいです」


「わたしは、施療師として活躍できる場所をいただくことができるのなら、それをお願いします。あ、あとそれからフェデルタには、なにかご馳走を用意していただけると良いと思います」


国王は少し驚いたようすだった。


「ほう、なんと謙虚であるな。望みはそれだけでよいのか?」


再度の問いかけに、四人と一匹は静かに頷くだけだった。


* * *


国王の保養所を後にした彼らは、公国の新市街地へと向かった。


「せっかくや、魔窟からの生還のお祝いに、皆で飯でも食いに行こうや」


「それは結構だが、あと一つだけ片付けなければならない仕事が残っているぞ」


クラージュの言葉にロクァースもグノシーもソフィアも、少し不思議そうな顔をした。


「私たちのためにつくられた墓を片付けないとな。私たちは伝説になったのではなく、実際の英雄として帰ってきたのだから」


≪第一部 これにて了≫

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