第17話 部屋の連なりと森のような何処か、悲哀の再会
灰色で奇妙な質感の石で作られた階段通路を上った先の扉を開けると、またしても黄色い壁の空間に戻ってきた。
「あの黄色い場所に戻ってきたようだ」
クラージュの口調には、明らかな落胆が感じられた。
「せやけど、どうにも、少しばかり雰囲気がちゃいますな」
「クラージュ、ここの壁紙に模様がないよ」
天井に付いている明かりも、どことなく暖色系の色をしていた。
あの虫が飛び交っているような耳に残る雑音も、ここでは気にならない程度だった。
少し先へと進んでみると、大小さまざま広さの部屋を、細く短い通路で繋ぎ合わせているかのような空間に思われた。
「うむ……、ここもどうやら、居住空間らしき感じがあるところのようだな」
しかし、ある部屋では、歪んだような奇妙な形で、大きすぎるテーブルと椅子のセットがあった。
「なんや、こりゃ。食事をするには不便すぎるやないか」
「身体の大きな魔族でもいるのかも」
グノシーが言ったが、クラージュが反対の意見だった。
「だとしても、ここの天井の高さはいたって普通だ。まったくもって不釣り合いともいえる」
ただ、これまで訳の分からない空間を進んできたなかで、不自然な形の椅子とテーブルがあったからといってもう驚くようなことはなった。
脅威となるものでなければ、目の前に不可思議なものが現れたとしても、進む以外の選択肢はなかった。
かなりの距離を進んだところで、上に向かって続く、かなり傾斜のきつい通路と遭遇した。
「ようやく、二階層分ほどは上に進めそうだな」
「せや、多少は希望になってくれるとありがたや」
見上げたその先を見ると、暗かったが、ざわめく草木とかすかに虫の鳴き声が聞こえた。
「あれはもしや、外に繋がっているのか?」
いよいよ出口を見つけたのではないかと思うと、皆は色めきたった。
上まで登ってみると、時間帯がちょうど夜なのか、あたりは暗く、目の前には鬱蒼とした森が広がっていた。
「ここ、どこなんだろう?」グノシーがつぶやく。
「不明だ。なにせ私たちは、ダンジョンの深くに潜り、訳の分からぬ迷宮を彷徨っていたのだからな」
「せやで、公国からは遠く離れとっても、おかしくなか」
「ひとまず進んでみよう。日が昇れば、方角も調べられる」
地面は膝に届かない程度の草で覆われ、周辺は背の高い木々が立ち並んでいた。空には点々と白い明かりがあって靄がかかっているようだった。道と呼べるようなものは無いに等しかったが、それでも進むことにした。
「あの、星の明かりが、なんか変じゃないですか?」
ソフィアはクラージュに向かって問いかけたが、答えるよりも先に、正面に人影が現れたのに気がついたクラージュが大声をあげた。
「そこの貴様、何者だ!」
しかしその黒い人影は、足音も立てず、手足を微動だにせず、まるで影のかたちだけがすーっと滑るようにして近づいてきた。
「なんや? あれ?」
「人じゃない。」クラージュは本能的な恐怖を感じた。「引き返す、走れ!」
ロクァースは咄嗟にグノシーとソフィアの腕を掴み、引っ張るようにして来た道を走りだした。クラージュは剣を抜いて、その後ろに続いた。
「あれ、なんや? また魔物かいな?」
「分からん!」
「クラージュはん、どないする?」
「さっきのところまで戻れ!」
上ってきた傾斜通路のところまで戻ったが、謎の人影の進みは緩慢で、すでにかなりの距離が開いていた。
「二人は、はよ下に降りなはれ」
ロクァースはグノシーとソフィアを放り出すようにして、傾斜した通路へ促した。フェデルタも後を追うように通路を滑り下りた。
それから、二連装拳銃を抜いて構えた。
いっぽうのクラージュも剣を構えたまま、彼の横に並んだ。
「まだ近づいてきよるで、なんやあの動き」
「少なくとも、人ではないぞ」
しかし、二人が待ち構えていると、ぴたりと動きを止めて、その場から溶けるようにして消えた。
「な、なに? 消えた?」
「どこや? どこに行った?」
二人はいつでも傾斜通路を降りれる状態で、周囲を警戒した。しかし、しばらくたっても、謎の人影は現れなかった。
「どうやら、どこかへ行ってしまったようだな」
「にしても、ソフィア嬢ちゃんも言いかけよったけど、これ、ほんまに夜空やろか?」
ロクァースの言葉に、クラージュも見上げて目を凝らした。軽く靄がかかっていて、星にしては大きすぎ、月にしては小さすぎる白い明りが、左右前後に等間隔に、いくつも並んでいた。
「明らかに不自然だな」
「まさか、ここも魔窟のなかでっしゃろか?」
「かもしれない。もう少々のことでは、もう驚きはしないな」
* * *
結局、四人と一匹は、また部屋と通路の繰り返しの中を進むことになった。
明るく天井が高くて広く、丸く太い柱が不規則に立っている部屋に到達した。
そこには、壁に沿って置かれた、灰色で異常なほど長いソファがあった。
ソファの一角に、寝ている人の姿が見えると、思わずクラージュは剣を抜き、ロクァースは銃をホルスターから抜いた。
しかし、近づいてよく観察すると、それはひとりの遺体だった。そして、ほとんど白骨化していた。
「これは、顔の骨格かすると、どうにも獣人のようだな」
「せやな。よくみてみ、尻尾もあるで」
そのとき、ロクァースはなにかに気づいた。
「こりゃ、このペンダント……」
ロクァースは遺体が身につけている、ペンダントの細長いティアドロップ型をした緑色の石に手を伸ばした。
「きれいな緑色をしているな。ロカース、まさかくすねるつもりではないだろうな?」
そのペンダントの石は、きれいに磨かれているうえに精緻な模様のような刻印が全体に施されていた。
「これ翡翠やで、たぶん。このかたち、この模様。そ、そないな、ウソやろ……」
「どうした? まさか、君の知り合いか誰かなのか?」
これまでとは一転して、ロクァースは動揺したようすだった。
「まあ、せやな。もしかすると、かもしれへん」
「君が言っていた、探している女冒険家というのが?」
問いかけに答えず、その場に崩れるように膝をついた。
「こんな再会、あんまりやで。信じらへん……」
クラージュもグノシーもソフィアも、うなだれる彼に、かける言葉が出てこなかった。
沈黙のなか、ロクァースはしばらくうなだれていたが、決意したように顔を上げると立ち上がった。
「ほなら、このペンダント、形見に貰ってくで」
そう言って大事そうに亡骸からペンダントを外して、服のポケットに丁寧にしまい込んだ。
「なんだロカース、結局は、くすねることになったな」
「かまわへんわ。勝手に死んだんが悪いんやで!」
ロクァースは強がっていたが、それとなく服の袖で顔をぬぐった。
「クラージュはん、行きましょうや」
「いいのか?」
ロクァースはうんとも言わず、進む先を見つめていた。
それからクラージュは、グノシーとソフィアのほうにも視線を向けて言った。
「では、行くぞ」
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