第16話 あたかも貴族の屋敷のような何処か
黄色い壁ばかりの空間では、細い通路の先に見えたその白い壁はよく映えていた。
「あの通路の先を見てみろ。どうやらようすが違う所へ繋がっているようにみえる」
「せやな」
クラージュはグノシーとソフィア、フェデルタに視線を向けた。
「よいな? 進むぞ」
そうして彼らは、次のエリアへと足を踏み入れた。
まるで切って繋げたように、これまでとはガラリと雰囲気が変わった。
壁は白く、床はこげ茶色で木目の濃い色の板張りだった。耳障りな雑音はなく、かび臭くもなかった。その代わりに、どことなく木材とニス、そして塗りたての漆喰のような臭いがした。
「なんとなくだが、貴族の屋敷のような雰囲気だな」
「せやな。まるで雰囲気ちゃいますな。クラージュはん。もしやするとここには、魔王軍の残党やらが潜んでるかも分からんで」
「可能性は、充分にあるだろう」
「気が抜けへんやな」
「しょうがない。魔窟の下層だからな。グノシーとソフィアも充分に周囲のようすに気をつけるんだ」
「はい、わかりました」「了解、クラージュ」
進んでいるところは、まるで廊下のようになっていて、両側にはいくつかドアが並び、突き当りはT字がたで両側に続いているようだった。
「ドアには、どうもカギがかかってまんがな」
四人で手分けして、すべてのドアを確かめたが、全部にカギがかかっていた。
「いっそのこと、わてが蹴破って開けましょか?」
「不用意なことはするなよ、ロカース。開けた先から矢が飛んできたり、岩が落ちてきて押しつぶされる、なんてこともあるかもしれない」
「それもせやな。罠か」
それからクラージュは、ドアひとつのカギ穴を覗き込んでみた。
「クラージュはん、なんか部屋の中にありまっか?」
「いいや、分からない」
それからフェデルタに近づいて声をかけた。
「フェデルタ、なにか聞こえたりするか?」
ソフィアもフェデルタの横にしゃがんで訊いた。
「どう? フェデルタ」
しかし、今回はなにも応えず二人を見つめ返すだけだった。
「わてにも、さして気になる音は聞こえへんわ」
* * *
進んでいくと、壁に絵画が飾ってあった。
人が両手を広げたほどの幅と高さがある大きさで、額縁は金色で凝った意匠が施されたものだった。
ロクァースは絵画の前に立つと、それをじっと眺めてみた。
しかし、そこに描かれている絵はモチーフもなにも理解不能だった。キャンバス地に、いくつもの色の絵具で、乱雑に幾何学模様が描かれていて、いったい何をモチーフに描いたものなのか分からなかった。
「ロカース!」
クラージュの呼びかけにロクァースはハッとなった。
「ああ、クラージュはん。どないなすった?」
「大丈夫か? もしかすると絵に吸い込まれるのではないかと思うくらい、見つめていたぞ」
「これは失敬。なんや、まるで訳の分からん絵やなと思って」
「気を付けた方がいい。呪いの類が書かれているかもしれない。まったく意味をなしていないような絵だ」
「はあ、そいつは思わへんかったわ」
黄色い壁の迷宮ほど複雑に入り組んでいるわけではなかったが、ここも奇妙な建築と思える場所だった。
「窓があるぞ」
しかし、その先にはなにも見えなった。
「真っ暗闇だ……」
グノシーが持っていた杖の先を近づけて、そっとその先のようすを伺おうとした。
しかし、こつん! と、杖の先がぶつかった
「クラージュ、これ、窓じゃないみたいだよ」
「なんや、これ。恐ろしく黒い色しとるんか?」
ロクァースは取り出したナイフの刃先でトントンと軽くつついた。まるで薄い木の板でも貼ってあるかのような軽い音がした。
「余計なことは、これ以上するな」
クラージュも間近に寄って観察したが、どう見てもそこには漆黒の闇があるようにしか見えなかった。
* * *
さらに先へと進んだが、出口へつながるような場所は見つからず、その代わりに、先が見えないほど途方もなく長い階段が見つかった。
それはさらなるに地下へと向かうものだったが、またしても異常とも思えるものだった。
「なんだ、これは……」さすがのクラージュも戸惑った。「私は、もしや幻覚を見てるのではないか?」
「クラージュはん、そんなことありまへんで。わてにも見えてまっせ。こりゃ、地獄へ繋がる階段かも分からんへんで」
「見ていると、変な気分になりそう」
ソフィアもグノシーも呆然と見つめていた。
「そうだ。ロカース、あの銀の弾丸は、まだ持っているのだろう?」
「せや。どこまで落っこちてくか、見てみやしょう」
クラージュはその言葉にうなずいた。
ロクァースは銀の弾丸を一個取り出すと、迷うことなく階段の下へ向けて投げ落とした。
コン!コン!コン!と軽い音を立てながら、階段を転がって落ちていく。
見えなくなり、その音は徐々に小さくなっていくが、反響音はどこまでも続いていくかのようだった。
ロクァースは帽子を取って耳を済ませていたが、彼の耳にはいつまでも聞こえた。
「ロカース、まだ聞こえるのか?」
「せや、遠く、離れていっとるんはたしかやけど、落ちる音はまだ聞こえまっせ」
「異常だ……」
さらに進んでいると、通路の幅が広く泣ている場所があり、木材と青銅で作られたベンチが並んでいた。
「おあつらえ向きではないかな? 皆、少し休息をとることにしよう」
腰を落ちつけて、食事も済ませると、疲労感がどっと押し寄せてきた。
* * *
「なあ、皆はん」
ベンチの一つに寝そべっているロクァースは、ぼそりとした感じに話し出した。
「どうした? ロカース、真剣な口ぶりだな」
「わては、今、恐ろしい考えが浮かんできたんやが、口に出してもええか?」
「なにを今更、君の軽口に何度付き合わされていることか」
「わたしは気になりますよ」「僕にも聞かせてください。気になります」
「ならよか。わてら、実はもう死んでるじゃなかろうか?」
「なに?!」「え? そんな……」「まさかぁ!」
「ここは、たぶん地獄なんや。奇妙で不可解で、無限に続く迷宮や。出口なんてないかもしれへん」
「ロカース、君もどうやら、ずいぶんとお疲れのようだな」
「せやな。それにあくまで、今話したんは、ただのしがない空想や」
するとソフィアは、力が抜けたようにフェデルタにすがりついたとおもうと、涙を流して泣き出した。
「もう嫌! ここが地獄でも、無間迷宮でも、あの世でも、そんなことなんてどうでもいいわ……ここまま、わたしたち、もし出口も見つけられなかったら、どうなるの? 食事も飲み水もなくなったら、疲れて、飢えて、そんなの嫌よ! 帰りたい。お風呂に入って体を洗って、暖かい毛布にくるまって、きれいなベッドで寝て、ゆっくり休みたい」
「ロカース、君のどうでもいい思いつきの話のせいで、乙女を泣かしたな」
クラージュは、あきれたような皮肉のこもったような口調で言った。
「あかんわ。ソフィア嬢ちゃん」ロクァースはソフィアの傍に膝をついて座ると、帽子を取って少しうなだれた。「すまんな。わてはそんな、怖がらせるつもりで言ったんじゃなか」
「わかってます。それはわかってます。ロクァースさんは、悪くないです。でも、でもここから、もしも出ることができなかったら……それに、あのときの魔物みたいなのと遭遇したらって思うと、怖くてたまらない」
「怖いのは、わても同じやけん」
「僕だって!」グノシーも言った。「僕だって、こんなわけのわからない場所、さっさと外に出たいですよ」
「そうや、グノシーはん」
「な、なんです」
「あんた魔導士やろ? 魔法かなんで外への出口を作れたりせえへんのか?」
「確かにそうだ。グノシー、どうなんだ?」
「ごめん、それはできないよ」
「なぜだ?」
「この空間には、魔術も魔法も使われていないんだ。もしそうだったら、多少の望みはあったと思うけど」
「こんな異常な迷宮やのに?」
「ちゃんと調べました! でも、ほんとうなんです」
「ひたすら、進むしかない……というのか」
クラージュの言葉がむなしく響いた。
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