第14話 脅威 エンティティとの遭遇
休息で少しばかりの気力と体力を回復した四人と一匹は、再び進みだした。
しかし、それも束の間、ロクァースとソフィアのあいだで歩調を合わせて進んでいたフェデルタが突然立ち止まって「ワンワン!」と吠えた。
「どうしたの? フェデルタ」
皆が立ち止まってフェデルタに視線を向けると、何かを訴えるかのようにもう一度「ワオーン!」と鳴いた。
そのようすを見て、ロクァースは帽子をとった。彼は耳をぴくりと動かした。
「どうしたんだ?」
聞いてきたクラージュに、ロクァースは人差し指を口にあて、静かにするように示した。
ほんの数秒、彼らは耳を澄ました。ただクラージュ、グノシー、ソフィアの三人には、そこらじゅうに響いている雑音以外は、聞こえなかった。
またしても、フェデルタが小さく唸った。
「聞こえるで、わてにも聞こえる。たぶん足音かなんかや。何かが、遠くから近づいとるんや」
それからその場に膝をついて、床に耳を当てた。
「ロカース、どのような足音だ? もしや魔物か?」
「分からへん。だが、けったいな重い足音な感じや。こりゃ、人間じゃなかと」
「やり過ごすか? 迎え撃つか? どうする?」
「足音は、たぶん……一体だけやろな。正面から来そうや」そう言って立ち上がった。「わてなら待ち伏せして、撃つ」
「私も迎撃するぞ。どのみち、隠れるのに適した場所もない」
クラージュはサッと剣を鞘から抜き、ロクァースは帽子を被り直して拳銃をホルスターから抜いた。
「魔物相手に、銃をぶっ放してみたかったんやで」
「グノシーとソフィアは、私とロカースから離れたとこの壁の後ろに隠れていろ」
「クラージュ、僕だって少しくらい攻撃に使える魔法は、」
「ソフィアの傍についていろ! 護身の魔法を忘れるな。もしも、私とロカースがやられときは、どうする?」
「わ、わかった」
それから、迎撃に適した少し長い廊下のような場所で、クラージュとロクァースは待ち構えた。
「わては、敵さんの頭狙うで」
ロクァースは銃の撃鉄をすべて、完全に起こした。
「それなら私は、奴の胴体に切りかかる」
いよいよクラージュの耳にも、ドスドスドスという感じのひどく床を叩くような足音と、人の声にも似た奇妙な叫びが聞こえた。
その絶叫は、下手くそなバイオリンの演奏よりも強烈な、思わず耳を塞ぎたくなるような、酷く不快なものだった。
「いよいよ来たぞ!」「来よったな」
二人の視界に現れたのは、これまでに見たこともない魔物だった。
全身が真っ黒く、天井すれすれの高身長、胴体や手足は異常なほどに細長く、頭は体に不釣り合いなほど大きくてジャガイモのように、いびつなかたちをしていた。その動いてる手足の指は鋭くとがっていた。
「なんだあれは?」「けっ、やるしかないで!」
クラージュは剣を構え、身を低くして相手めがけて突進し、ロクァースは冷静に魔物の頭に向けて銃を発砲した。
撃たれた魔物は一瞬、叫びと動きを止めた。クラージュはその隙を狙い、渾身の力でもって胴体に切り込んだ。
「やったか?」
魔物はその場に倒れ、切り込んだ胴体は九割がた切断されていたが、それでもなお、再び叫びをあげ、もがくようにのたうち回り、起き上がろうとした。
「なんと! しぶとい奴だ」
クラージュは魔物の頭部に切りかかって再度倒したが、それでも動いていた。
「ロカース! どうする?」
「これで、とどめや!」
ロクァースは銃を構えて魔物近づき、慎重に狙いをつけた。そして一発、頭部にお見舞いした。
そこでようやく、魔物は静かになり動きを止めた。まるで墨のような黒い液体が、撃たれた頭部と切られた胴体のところから流れ出ていた。
「クラージュはん、怪我はなかと?」
「ああ、とりあえず大丈夫だ」
「にしてもなんや、これ? これが魔物? ただのバケモンやないか」
「私も、このような魔物は見たことがない」
グノシーとソフィアが隠れていた場所から二人のもとに近づいた。
「これが、魔物?」
ソフィアは倒された魔物の姿を見て気分を悪くしたのか、背をそむけて離れると、近くの壁にもたれかかってその場におう吐した。
「あかん。こんなもん見らんでよかで!」
ロクァースは彼女に駆け寄り、優しく背中をさすりながらその場から遠ざけた。
「グノシーはん! なんか適当な魔法で、そのバケモンの死体を燃やしなはれ。復活できんくらいにな! できるかいな?」
「あ、うん。やってみます」
倒した魔物は、グノシーの点火魔法によって火が放たれた。緑がかかったオレンジ色の炎に包まれて、それは燃えた。
するとまるで、その遺骸はロウソクのように急速に溶け、床に大きなシミとなった。
「ほぉ、グノシーはん。凄い炎を出しなはりますな」
「ち、違います。僕は普通の火を出しただけなんだけど」
「そんな馬鹿な。奴の胴体は、切り込んだ時にかなりの手ごたえがあった。簡単に溶けるようなことがあるのか?」
「わかりまへんなぁ。もしかすると、この世の物じゃなかへんのかも」
* * *
ひとまず遭遇した脅威を退けた彼らは、その場から離れたとこで小休止をすることにした。
クラージュは剣の状態をチェックし、グノシーは何かを調べるためか、魔導書とにらめっこをしながら壁に魔法陣をしていた。ロクァースは銃の手入れをして、ソフィアは記録日誌を丁寧に書き込んでいた。
「さすがのわても、恐ろしいわ」
ロクァースは、銃に火薬と弾丸を再装填しながらつぶやいた。そして、その作業の手は、少しだけ震えていた。
「あのバケモンは、一発でやられんかった。初弾にでかい弾を頭にぶち込んだんやで、なのに。もし、同じようなんが、今後何体も出てきたら、」
「それ以上は言うな」
剣の刃をチェックしていたクラージュはぴしゃりといった。
「私の剣も、この任務が終わったら、行きつけの鍛冶屋に診てもらって、研ぎ直す必要がある」
「せやな。これ以上、あのバケモンが出てこらへんことを神に祈るしかなか」
「それと私たちが、この迷宮から抜け出せるようにも祈っておいてくれ」
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