第13話 放浪 奥の部屋

代わり映えしない黄色い壁、目が痛くなるような白い明り、どことなくかび臭くて薄汚い印象の床、どこへ行っても聞こえてくる不快な雑音。


壁や柱の配置、建築様式には、おおよそ目的など感じられないような奇妙な雰囲気が漂っていた。


四人と一匹は、この奇妙な空間をひたすら歩き続けていた。


「グノシーはん、なんや顔色が悪そうやね。大丈夫かいな?」


ふと振り返ってみたロクァースが訊いた。


「うん、まあ。いや、なんだか箱の中に閉じこめられているような……気が変になりそう」


「はっはっは。確かに、閉じこめられとることに変わりはなかね。まあ、棺の中に閉じ込めれらるよかマシや」


「ロカスさん、やめてくださいよ! そんな表現のしかた!」


「こりゃまた失敬」


ロクァースは近くの壁に近づいて、手で軽くこんこんと叩いた。


「そりゃまあ、たしかに、わてだって怖えけども。ここは前向きに考えようや。わてらは一人じゃなか。四人と一匹。それに、暗い洞窟じゃのうて、馬鹿みたいに明るい……まあ、よう分からん屋敷? あるいは迷宮みたいなとこんなかや。せやけど、あきらかに誰かが作ったような場所や。洞窟とちゃうなら、ほんなら、探せば出口だってどっかにあら」


「僕は、ロカスさんほど楽観的には、なれそうにないですよ」


「ちなみに、わてはほんまに生きたまま、棺桶に閉じ込められたことがあるんやで。文字通り生き埋めにされかけたことがあるんや」


そこで口数の少なくなっていたクラージュも口を開いた。


「やれやれロカース、いったい君はその人生に、どれほどの経験を積んできたのだ? それともホラ話か? つくづく驚かされる」


「噓はつきまへんで。ただ、少々大げさに語るんはあるけどな。まあ人生いろいろや」


* * *


昼夜も分からない状況で、体感的には何日も進み続けているような、そんな気分に陥っていた。


クラージュは立ち止まって、誰に向かうでもなくつぶやいた。


「私は思うのだが、もしかすると同じ場所を、気づかないでグルグルと歩かされているのではないだろうか?」


「そらないで」


「なに? なぜ断言できる?」


どうやらクラージュは、疲労感から少々イラついているようだった。


「これや」


ロクァースは銃に使う黒色火薬が入っているパウダーフラスコをみせた。


「要所要所でな、少しずつこぼして印にしとるさかい。同じ場所通ったんなら気づきまっせ」


「ロカース、君は貴重な物資をそんなことに使っていたのか! それに魔物かなにかがいたとして、もしもその跡をつけられでもしたらどうする気だ!」


思わず怒鳴ったクラージュにロクァースは少したじろいだ。


「く、クラージュはん、ちょ、少し落ち着きなはれ」


彼女は明らかに疲労していた。そして全員が、これまでにない疲れを感じていた。


「怒鳴ってすまない。少し、言い過ぎた」


「こっちも悪かったわ。わても、ちょいと勝手が過ぎたわ。どっかの童話の真似事は、するならパン屑でするべきやったな」


「あの、クラージュさん。少し休憩しませんか? わたしたち、少し長く歩きすぎてると思います」


「そうだな……ソフィアの言う通りだ。小休止しよう」


皆、壁にもたれかかるようにして座って休んだ。


「はぁー、いったいここは、どれほどの広さがあるというのか?」


「わかりまへんなぁ」


ロクァースはバックパックを枕がわりにしてその場に寝転がった。


それからソフィアは、荷物の中から薬草の入った革袋を取り出した。中から薬草のいくつかを選ぶと、それらの調合をはじめた。


「ソフィア嬢ちゃん、なにを作っとりはるん?」


「ええ、疲労回復効果のある飲み物です。ほんとは、きちんとお湯を沸かして、茶漉しで薬草も取り除くのがいいんだけど……」


しばらく彼女は丁寧な手つきで作業を続けた。


水出しで葉っぱも入っている状態だったが、ひとまず完成となった。


「まあ、こんな場所じゃ、贅沢言うとれんな」


「それと、大きめのコップが一つしかないから、回し飲みになっちゃうけどいいかしら?」


「わては構わんけど」


そう言ってからクラージュとグノシーのほうにも視線を向けた。


「私も構わない」「僕も、気にしないよ」


最初に受け取ったロクァースは、飲まずにクラージュのほうへ差し出した。


「んじゃほれ、クラージュはんから先に飲み。わては最後で構わへんわ」


「いいのか? では」


クラージュは受け取ると、慎重な手つきでカップを口元に近づけた。


「うむ。薬草と聞いて、苦みが強いかと思っていたが、これは甘いな……」


「お砂糖を入れてみました。一応は用意して来たんです」


「ソフィア嬢ちゃん、気が利くんやね」


疲労困憊の彼らに、薬草の効用と、なにより糖分は身体に沁みた。


そして昼寝程度の睡眠もとり、快調とまではいかないが、彼らは気力を取り戻した。


「とにかく、私たちは進むしかない。諦めるつもりもない。皆もいいか?」


クラージュのことばに、ロクァース、グノシー、ソフィア、それと犬のフェデルタもうなずいた。


「では行こう」


進みだしたとき、クラージュはロクァースに言った。


「そうだ、ロカース。目印を残すのは確かに有益なことではあるが、ここではリスクが多すぎる気がする。せめて、印をつける間隔は長めするべきだろう」


「まあ、せやな。それに今度からは、ナイフで壁にキズでも付けることにしますわ」

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