第12話 落下、そして裏世界〈バックルームズ〉へようこそ
探索はついに、第三段階へ進むことになった。
公国軍の過去の探索部隊が閉じ込められていた隠し部屋のある場所まで、急きょ結成された遺体回収部隊とともに再来すると、クラージュたちはそこで部隊と別れ、さらなる下層へと進むことにした。
部屋の奥、階段を下りた先のさらなる地下階層は、一段とダンジョンといった雰囲気が漂う場所だった。
「ここいらは、えらく地面がきれいやな」
「地面は、しっかりとした石畳か」
「壁と天井はレンガやけど、こりゃ、職人が丁寧な仕事したんやろうなぁ」
「ここには、未発見のトラップがあるかもしれない。気を付けて進むぞ」
「せやけど、」ロクァースは松明を掲げて先を見ながら目を細めた。「この先はすぐ行き止まりちゃいまっか? ほら、壁があら」
「いや、よく見ろ。直角の曲がり角になっている。慎重に進む」
そうして少しばかり進んだ直後、松明とランタンの明かりが訥々にフッと消え、彼らは落下する感覚にとらわれた。
「しまった! 罠だ!」
クラージュの上げた声もむなしく、四人と一匹は通路の下へと吸い込まれてしまった。
しかし落下した直後、彼らは光に包まれたと思った瞬間、どこかの床の上に転がり落ちた。
クラージュは受け身の体勢でなんとか落下の衝撃を和らげ、フェデルタも身体能力に富んだ犬らしく、うまくその場に着地した。
だが、ロクァース、グノシー、ソフィアの三人は順番に折り重なるような状態だった。
「グノシー、ソフィア。それにロカース、大丈夫か?」
「うぐぅ……、グノシーはん、ソフィア嬢ちゃん。はよわての上から、どきなはれ」
自分たちの状況を理解して、慌ててグノシーとソフィアは彼の上からどいた。
「ごめんなさい! ロクァースさん、それとグノシーさんも、大丈夫ですか?」
「僕はなんとか大丈夫」「わてもまあ、やれやれ。尻と尻尾が痛うてかないませんわ」
そこで四人と一匹は、自分たちが異質な場所にいることに気がついた。
「それにしても、ここにはいったい……」
「はぁーこりゃ、たまげた!」
奇妙な幾何学模様の描かれた黄色の壁が不規則に配置され、どことなくかび臭くじめじめとしたカーペット敷の床、天井には見たこともない白色に光る明かりが幾つも付いていた。
陰気な雰囲気が漂っていたが、なにより不快だったのは、そこら中に響いている、虫が飛びまわっているような、ブーンとかジリジリといった感じの耳障りな低い音だった。
この不可解な空間は、松明やランタン、ろうそくの明かりなどよりも、はるかに明るく照らされているにも関わらず、どこか薄暗いようにも感じられ、さらにその天井にある白い明りは、少し見ているだけでも目が痛くなるような感じがする場所だった。
グノシーとソフィアは、周囲のようすをみて、完全に言葉を失っていた。
「それよか皆はん、怪我はなかと?」
ロクァースの言葉にみんなは我に返って、自分たちの手足や身体、それに荷物も確認した。
「僕は、なんとか大丈夫みたい」「わたしも大丈夫です」
「幸いにも、グノシーとソフィアに大きなけがはないようだな。フェデルタはどうだ?」
「ワン!」と元気よく答えた。
「それよりロカース、貴様自身はどうだ?」
「わては、落ちたときに打った尻と尻尾が痛むわ」彼は言いながら腰のあたりをさすった。
「二人に押しつぶされなかったようで何よりだな。ただ私は、どうやら少しばかり足首を痛めたらしい」
「まあ、そんなら、ソフィア嬢ちゃんの出番やな」
そうしてソフィアはまず、靴を脱いだクラージュの足に触れて状態を確かめた。
「まさかと思うが、骨折はしていないだろうな?」
「それは大丈夫です。軽いねん挫だと思います。湿布を準備してきてますから」
それから今度はロクァースのほうに向き合った。
「じゃあ、次はロクァースさんですね。その、尻尾はどうですか? 動かしていて痛みますか?」
「まあ……尻尾の痛みは引いてきた感じやな。腰が少し痛うけど、まあ、大したことなか」
「ちゃんと診ますよ」
「わてみたいな、おっちゃんの尻なんてみらんでもよかで」
「ロクァースさん。打ち身は後からひどくなることもありますし、腰は痛めると後々に響きますよ。そんなに気にしないで大丈夫です。これまでにも施療はたくさんしてきたんですから」
「ほなら、まあ頼もうかいな」
「うつぶせに寝てくださいね」
「ロクァースさん、腰のところ痣ができてますよ」
「せやか」
「あ、」
シャツをめくった時に見えた傷跡に、思わずソフィアは驚きの声をこぼした。
「ロクァースさん、この傷跡って、」
「まあまあ昔のことや。いろんなことがあったんやで。気になるんやな、見ても構わんで」
さらにシャツをめくると、腰の上あたりから背中の上に向かって斜めに、大きな傷跡があった。
うつぶせになっているロクァースの周りに、クラージュとグノシー、フェデルタまでも集まってきた。
「な、なんや、みんなして。見世物ちゃうで」
「ロカース、君にも相当な戦歴があったようだな」
「別に大したことじゃなか。ちょいと切られただけや」
「ふむ、それから……君の尻尾は、こんなふうになっているのか」
「なんやねん。見世物ちゃうでって! まったく」
「はい、じゃあ湿布貼っておきますからね」
ソフィアは淡々と施術を済ませた。
「クラージュさんも、ロクァースさんも、また痛むようなら言ってください。そのときは鍼灸もしてあげますから」
それからグノシーのほうへ向いて訊いた。
「あとグノシーさんは、どこも怪我とかないですか? 大丈夫です?」
「あ、うん。ちょっと手にかすり傷があるくらいだから」
「ちゃんと診ますよ! 少しの怪我でも化膿したりすると大事ですから」
「ソフィア嬢ちゃん。さすが施療師の本領発揮といったところやな」
ロクァースが横から見ながら言った。
「もちろんですよ。ちょっとの怪我でも気を付けないと、ときには致命傷になりますからね」
それから束の間、彼らはその場で休息をとった。
「よし」
クラージュは立ち上がって剣を鞘から抜くと、その場の天井を軽くついた。
「おかしいな……私たちは、落下してここに来たたはずだ。だが頭上にそれらしい穴もなければ、跳ね上げの仕掛けがあるような天井という感じでもない」
「わかりまへんで、巧妙な仕掛けかもしれへん」
「グノシー、魔導士の観点からしてどう思う?」
「もしかすると、転移魔法でも使われたのかもしれない。そうなれば、ここの天井を調べても意味はないよ」
「うむ……そうか」
クラージュは少し歩いて、周辺のようすをうかがった。
壁は不規則に複雑に入り組むように配置されて、どこまでも似たような景色だった。
「ここは、とんでもない迷宮かもしれない」
ここに来て初めて、彼女は不安の感情を少し表情にみせた。それにグノシーもソフィアも、この異質な空間に戸惑っているようだった。ただロクァースだけは、いつものように飄々とした態度を保っていた
「にしてもまあ、床が絨毯敷きなんて贅沢やけどなぁ、まるで使い古しのかび臭い雑巾みたいになっとるがな。それと壁紙は、なんやこの模様?」
「そうだグノシー、瘴気や毒気の有無を調べられるか? 大丈夫だとは思うが、万が一のこともある」
「あ、うん。すぐにやるよ」
グノシーは携帯用魔導書を取り出すと、ペラペラとページをめくり、それから持っていたコンテでもって近くの壁に魔方陣を描きだした。
「それにしても奇妙な明かり」ソフィアは呟いて眉間を手で押さえた。「なんだか、みていると目が痛くなる感じがするわ」
「まあ、いうても、松明とランタンが節約できそうでなによりやな!」
「ロカース。君はこの場所をどう思う?」
「せやな、」ロクァースは帽子をとり、そのケモノ耳をぱたつかせるように動かした。「なんやろなぁ、そこらじゅうから聞こえる、こん音は。わては耳が痛うなりそうや。少なくとも長居はしとうない。さっさと出口を探すんが賢明やろ」
「撤退か?」
「せやで」
ロクァースは少し考えてから言葉をつづけた。
「クラージュはん、仇取りたいゆうような気持ちは分からんでもないけど、通ってきた道を失った以上、わてら自分らの身のを、第一に考えるのが先決やと思うで」
「まあ、そうだな」
「ただこれ幸い。わてらにはまだ食料も水も余裕がありまっせ」
「もしも、この異空間に落ちるのが帰路のときだっとしたらと思うと、ぞっとする。そう意味では、私たちはまだ神に見放されたわけではなさそうだ」
四人と一匹は、ここに最大の難関を迎えることになった。
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