第11話 下層での発見

進む先は相変わらずの一本道で、今はカーブを描きながら緩やかな下り坂となっていた。地面は岩を平らに削ったようで、壁と天井は石積でアーチを描いていた。


「ここいらは、坑道みたいなところはありまへんな」


「ああ、かなり手が込んだところに思える」


しかし、やがて分かれ道もなく行き止まりに突き当たった。


「なにも無いようだな。この道はこれで終わりだろうか?」


「どないやね」


ロクァースは壁に近づいて、じっくりと観察した。そうして、壁の上部に通気口のような小さい穴と不自然に石の大きさが異なる場所があることに気がついた。


「ここ見なはれ」


「どうした?」


「ここいらは、なんや怪しく思わへんか」


ロクァースはランタンを地面に置いて、両手で壁を触り始めた。すると、壁の一角がまるで扉のように奥に向かって開いた。


「こりゃ隠し扉や! 奥になんかあるで」


「よし、確認してみよう」


そうして全員が中に進んだ直後、ロクァースは慌てたようすで言った。


「まて、待ちなはれ!」ロクァースは必死に隠し扉を押さえていた。「この、隠し扉……一方通行かもしれへん! 閉まると、閉じ込めれるで!」


「なに?」


「なんや、重っ! 勝手に閉まりよるぞ! どないな仕掛けになっとんねん! は、はよ、なんか、挟めるもんないんか! 隙間に噛ませ」


しかし扉は今にも閉まりそうだった。


「くそ! わてが外出るで」そう言って邪魔になるバックパックを投げ捨て、閉まりかけている隙間をすり抜け、通路のほうへ出た。


そして隠し扉は元の状態に戻った。ただ、ランタンも持たずに出たため、通路は真っ暗闇だった。


「ああ、あかんことなったわ。なんも見えへん。おーい! クラージュはん! グノシーはん、ソフィア嬢ちゃん! フェデルタ!」


扉を挟んでの会話はできそうになかった。


「せやかてな……」


ロクァースはもう一度、扉があったあたりを押してみた。するとあっけなく、最初のときのようにスムースに開いた。


すると、クラージュがすっと目の前に現れた。


「これで、いけそうか?」


そう言って、どこから取ってきたのか、古びた剣を持っていた。


そうして扉を目一杯開いたところで、床との隙間に力を込めて剣を挟んだ。少しのあいだ、扉は閉まろうとしてキリキリと音を鳴らしたが、どうやら開いた状態で固定できたようだった。


「ふう……とりあえず、よかよか」


クラージュは冷静だったが、グノシーは蒼白気味の表情で冷や汗をかいていて、ソフィアも固い表情だった。


「私でも少し焦った。とんでもない仕掛けがあったものだ」


「せやね、開けるときは簡単に開くっちゅうに、閉まるのは容赦なか。閉じ込めるために作った場所やろなぁ」


ロクァースは大きなため息を漏らした。


「皆さんご無事でなによりや。それにしても、クラージュはん。こないな剣、どこにあったんや」


「あれを見ろ」


クラージュは奥のほうを指し示した。そこには公国軍兵士の遺体があるのがあるのが分かった。


「どうやら彼らは、私たちより上手く立ち回れなかったらしい」


「せやけど、わてはまだ不安や。もっと扉んとこに挟めるもんがなかと?」


ロクァースは扉のすぐ横に立ったまま言った。


「そうだな。兵士の装備の中に使えるものがあるかもしれない。グノシー、ソフィア、手伝ってくれ」


そうして三人が部屋の内部を見てまわっているなか、ロクァースは扉とその周囲を観察した。


扉の高さは大人が通れるほどで、開けたすぐ先は、扉の幅の分だけ奥行を持つ小さな通路のような空間になってて、その先に部屋が繋がっているという構造だった。


扉と壁のあいだに、突っ張り棒のようにして、強固な棒を数本でも挟んでおけば大丈夫だろうと、ロクァースは考えた。


それからクラージュが、兵士の持ち物であったであろう槍を持ってきた。


「これが使えるのではないか?」


「やってみまっか」


ロクァースはその場でナイフを取り出すと、長さをおおよそあてがってから槍の柄の部分に切り込みを入れはじめた。そして力任せに折った


「まあ、2,3本で突っ張り棒にしとけば、大丈夫でっしゃろ」


そう言いながら扉と壁のあいだに直角向きで叩きこんだ。


「さすがの私も、一時はどうなるかと焦ったぞ」


「ひとまずは、これでよろしいでっしゃろ」


それでようやく、四人は安堵して肩の力を抜いた。


少しの休憩をとってから、亡くなっている兵士たちと、その持ち物の調査に移った。



「兵士たちの持ち物も一つずつ確認して、」


作業に取り掛かったとき、クラージュは不意に黙り込んだ。


「どないしなはった?」


彼女の視線は、壁際の、剣をしっかりと抱えたまま壁にもたれかかるようにして亡くなっている騎士とみられる遺体に向かっていた。


それから、ポツリとつぶやいた。


「そんな、父上様……」


クラージュはその遺体の前に進み、その場で崩れるように膝をついて俯いた。


「クラージュはん、こん人が、」


ロクァースはクラージュの横に近づいたが、そこで彼女が静かに涙を流していることに気がついて、踵を返した。


それから、ソフィアにそっと耳打ちした。


「ソフィア嬢ちゃんが、クラージュはんの傍にいてなはれ」


「わ、わたしが?」


「大丈夫や、頼んだで」


それからグノシーを引っ張るように連れて部屋の反対側まで移動し、そこで静かに作業を続けた。


しばらくして、クラージュは立ち上がった。少々目が赤らんでいたが、これまで凛とした表情だった。


「皆、すまないな。少し見苦しいところを見せてしまった」


「とんでもなか。」


ロクァースはいつもの調子で答えた。それから部屋の奥の方を指した。


「それよりクラージュはん。こりゃ、どうやら奥に、まだ続いてまっせ」


「さらに地下へ続いているようだな」


近づいて見てみると、傾斜の緩い、長い階段があった。


「わてがちょいとその先、見てきやしょうか?」


「いや、やめておけ」


それから部屋を今一度見渡し、少し考えてからつづけた。


「とりあえず、この部屋の外で休息しよう。食事を済ませ、ひと眠りして、それから地上の前線基地ベースキャンプまで戻る」


「もう戻るの?」


「この場所と、道中に発見した遺体の回収部隊を派遣してもらうことにする。少なくとも、私たちが進んできた道には、目立って脅威となるものは存在しなかった」


「地下水脈につながる、崩れとった穴んとこ以外やけどな」


四人と一匹は隠し部屋から通路のほうへ出ると、そこで荷物を下ろし、夕食にありついた。


それから各自が寝袋を思い思いに広げ、その場でくつろいだ。



壁にもたれかかって座り、休んでいるクラージュのそばにグノシーが座った。それから少し口ごもるような感じで何かを言おうとした。


「あの、クラージュ、えぇと、」


「なんだ、グノシー。急によそよそしいな。もしや、未亡人の女性騎士を、口説こうとでも考えているのか?」


「ちょ、違うってば! 僕はその、僕は友達として、クラージュのことが心配なんだよ! だって、君のお父さん」


しかしクラージュは彼の言葉を遮るように答えた。


「冗談だ、分かっている。気遣いには感謝する。だが私は大丈夫だ」


するとロクァースも会話に口を挟んだ。


「でもクラージュはん、旦那はんも、魔窟のどっかにおるはずなんやろ? 見つけれられんと気が気じゃなかと?」


「こう言うのは、少し憚られるが、私は夫に対しては、父上に対するほどの敬意を持ってはいない」


「なんや、そいつは意外やな。なんでやね?」


「同じ騎士ではあるが、そこに愛のある共同生活ではなかったからな」


「ふむふむ。そりゃ、政略結婚とでも言うやつかいな?」


「まったくロカース、貴様は察しがよいな。まあ、そんなところだ」


「もしや、魔窟の探索をここでお終いにするつもりでっしゃろか? クラージュはん」


「君はどう思う?」


「わては、まだまだ、この先が気になりまっせ」


「父上のいた部隊はこうして見つかった。それに、ここまで見てきて、魔物も、魔王軍の残党がいるわけでもなかった」


「せやてもなぁ、ここにおったんは七人、あとトラップにやられておったんが二人、それと民間の探索者が四人……それだけや。明らかに、人数が少なすぎやと思うわ」


「それに彼らが、そこに閉じ込められていたとすると、幾人かの兵士は、その先に進んだとみるのが妥当だ」


「じゃあ、決まりやな」


「ひとまず地上のキャンプに戻って、少しの休息と再準備を整えてからになるがね」

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