第10話 探索、第二段階
四人と一匹は、携帯食料と飲料水が増えて重くなったバックパックを背負い、ふたたび魔窟のなかを進んだ。その足取りは、初回に比べれば遥かに順調だった。
そうして、下層へつながっている、傾斜した通路のところまで到着した。
「いよいよ下層へ進むところまで来たな」
「せやな」
「ひとまず小休止だ。少し休憩してから向かうことにしよう」
各々はその場に腰を落ち着けた。
「わてはもう食事にするで」
「皆、好きなようにしてくれ。ただし、食料は食べ過ぎないように気を付けること。まだ探索の第二段階が始まったばかりだ」
「あーあ、せやけど、屋外やったら材木の破片でも集めて焚火でもするんやけどなぁ。熱いお茶も無しや」
「しょうがない。最低限のメンツに、最低限の装備だ」
「ところで、グノシーはんとソフィア嬢ちゃんはどうかいな? 大丈夫か?」
グノシーはロクァースと同じ食事をはじめてたが、何とも言えない表情で携帯食料を味わっていた。いっぽうでソフィアは、熱心に探索記録のメモをつけていた。
「僕は大丈夫ですよ」
「わたしも、いまのところ問題はないです。ね、フェデルタ?」
ソフィアの呼びかけに、ワン!とフェデルタも応えた。
小一時間ほど休憩と食事も済ませると、それぞれ荷物をチェックして背負うと立ち上がった。
「そうだロカース、やはり貴様のほうが先方を警戒するのに向いているとみた。ここから先はグノシーと配置を替わってくれ」
「あい承知しやした。せやけど、それはそれで大丈夫かいな、後ろにグノシーはん?」
「ロカスさん、ちょっと僕のことをバカにし過ぎですよ!」
「はっはっは。フェデルタはんもおるし、まあ大丈夫でっしゃろ」
そうして傾斜通路を降りてすぐ、両脇に何個もの分かれ道があるのが分かった。
全体は岩盤を削って作ったとみられ、どことなく地下牢を連想させる雰囲気だった。
「どないしなはる? 全部見て回りまっか?」
「そうだな……」
クラージュは一番手前にある分かれ道を慎重に覗いた。
「ん! これは」
「なんや、なにがあった?」
ここに来てようやく、致命的なトラップの存在と遭遇することになった。だがそこには、すでに先人たちが収まっていた。
クラージュが見つけたのは、通路いっぱいの幅の落とし穴で、大の大人の身長程度の深さがあった。
明かりを照らしながらよく見ると、底は巨大な剣山のようなものがあり、串刺しとなった遺骸が四人分ほどあるのが分かった。そのうちの一人は、壁にすがるような体勢で頭骨は上を向き、いまでも地上へ向かって登ろうともがいているかのようだった。
「こりゃ、酷いもんやで……」ロクァースは思わず口に出した。
「うむ、」クラージュは嫌悪感を抑えながら、よく観察した。「服装からして、彼らは公国軍の者ではない。おそらくは民間の探索グループだろう」
「ああ、わてらは先人たちの死を糧に進むんやなぁ」
「両脇の道は下手に入らないほうが、身のためかもしれないな」
「クラージュはん。ここ下層は、罠だらけかも分かりまへんなぁ」
「ひとまず、真っ直ぐ進もう。皆、なにか気づくことがあれば、すぐに声に出して知らせてくれ」
進んでいるこの下層は、岩盤を掘ったようなトンネル型だが、途中にはレンガ壁や石積みの壁となっているとこもあった。
そうして今度は、恐らく壁から飛び出る仕掛けの弓矢のようなトラップでやられた者の遺体を発見した。
「あれは、公国軍の装備だ……」
クラージュは言いながら遺体のそばに駆け寄った。
「クラージュはん、気いつけや」
「分かっている!」
だが、トラップは使い切りの仕組みのようで、すでに無力化されてた。
「この服装、武器、見てみろ。公国の紋章が入っているのが分かるか?」
「せやな」
兵士の亡骸は二人で、この地下の性質のためか、白骨ではなくミイラ化している状態だった。
クラージュは遺体の服装や持ち物を調べたが、落胆ともとれるため息をこぼした。
「違ったようだ……」
「なにがや?」
「確かに公国軍の兵士だが、私の父でも、夫でもなさそうだ」
「んじゃあ、もしかすると希望があるかも分からんね」
その一言にクラージュは、険しい表情になった。それから鋭い眼力でロクァースを睨んだ。
「貴様、冗談も休み休みにしろ」
突然の剣幕に、さすがのロクァースもたじろいでしまった。
「あ、すまん……かった」
「まったく。さあ、気を引き締めて進むぞ」
進む道はところどころで曲がりくねったりしていたが、分かれ道があったのは最初だけで、しばらくは一本道だった。
黙々と進んでいたが、ボオォォという感じの音が聞こえたかと思うと、強い風が前方から吹きはじめた。
「あかん、あかん、松明が消えてまうで」
ロクァースが言ったそばからクラージュの持っていた松明の火が消えた
「グノシー、明かりをたやすなよ!」
「ああ、くそ」
ロクァースの持っていた松明もほとんど消えかかると、その場に投げ捨て、荷物を下ろして中身を漁った。
「こういう時はランタンや」
グノシーの頼りない冷炎魔法の明かりのなか、ロクァースは手慣れたでランタンに火をともした。
「ひとまずこれで、オッケーやな」
それからひとり、クックックといった笑いをこぼした。
「なにが可笑しい?」
「いやな、きっと魔窟の入り口では今頃、叫び声が上がっとるんやろうなと思って」
風速は、衣服を強くバタバタとはためかせる程度には強かった。
四人と一匹は壁に沿って身を寄せ合って、風が収まるのを待った。
「この風、なんだか冷たい気がしませんか?」
ソフィアが声に出して訊いたが、ロクァースがそっけなく答えた。
「まあ、ここは地下やからな!」
どのみち強風が吹いているなかで、会話を続ける気にはならなかった。
風が収まるまでその場にとどまるか、無理にでも前進すべきか、クラージュが逡巡していると、風が急速に弱まり、そして収まった。
「収まったか」
「みたいやね」
それからロクァースはつぶやくような口調で訊いた。
「あの、クラージュはん、」
「なんだ、ロカース」
「まだ怒っとりますか? わての軽口のこと」
しかし、それを聞いたクラージュは苦笑した。
「もういい。貴様は、そうやって自分の平静を保ってきたんだろう? これまでも、これからも」
「まあ、かもしれまへん」
「もう気にするな。私もあれこれと根に持つような真似をするつもりはない。それに今は優先すべきことがあるのではないか?」
「そうやな」
「だが、今度から軽口には気をつけることだ。口はわざわいの元とも言う」
「ええ、クラージュはんの前ではそうすることするわ」
「まったく……」
前進する彼らの前に、壁と床の一部が崩壊して、ぽっかりと黒い穴があいているところが現れた。
「少なくとも、罠でもなければ、ちゃんとした道でもないようだな」
「せやな」
「底が見えそうか?」
ランタンを持って覗き見ているロクァースは首を横に振った。それから帽子を取った。
「なにか聞こえるのか?」
「せやね。うーん、水の流れるような音がかすかに聞こええるで」
「私には聞こえないが。もしかすると地下水脈か?」
「かもしれへん。わての推測は当たりでっしゃろか」
「つまりこの穴から、空気が出たり入ったりしていると?」
「確かめなはります?」
「いや、先へ進む。後でも確かめることはできるだろう」
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