第9話 順調な探索

「またしても、分かれ道があるようだな」


クラージュは立ち止まって、またかというような表情になった。彼らは今、坑道のような道を進んでいたが、横方向に別の道が続いていた。



探索の序盤では、日帰り行程で魔窟の入り口周辺区域を、数日かけて正確にマッピングすることに費やされることになっていた。


過去の二度の探索においては、とにかく最深部を目指すのが主目的とされていたため、詳細な調査記録までは考慮されていなかった。


入り口近くは天然の洞窟を利用したものらしかったが、明らかに岩石となっている部分を素掘りして作られたトンネルや、鉱山の坑道のようになっている場所、人ひとりが這いつくばってようやく通れるような狭い通路もあった。


リーダーであるクラージュは先頭に立ち、すぐ後ろに明かりを持ったグノシーが続き、ソフィアは魔窟内部のようすや道順を記録しながら、ロクァースは後方の警戒をしながら分かれ道や要所要所で地面や壁に印を付けて進んでいた。


犬のフェデルタはソフィアの傍にぴったりと、くっつくようにして歩いていた。



「そっちはたぶん、行き止まりやないか」


「なぜ分かるのだ」


「松明の炎をちょいと見ればわかるで、ほら」


ロクァースは横道に入って少しばかり進んでみた。


これまで進んできた方向では、炎が目に見えて揺れているのが分かったが、横道のほうでは炎の揺れ具合にはっきりと違いがあるのがわかった。


「ほれ、みてみ。」ロクァースは自身が持っている松明を示した。「炎の揺れが小さいやろ? 空気の流れが、こっちはないんや。少なくとも、どっか先で行き止まりや」


「まあ、進めるところまで確認しよう」


クラージュはふたたび先頭に立ち、進み始めた。


「まあ、探索が目的やもんな」


「ロカスさん、」グノシーが唐突に訊いた。「ほんとは、ちょっとした魔法が使えるんじゃないんですか?」


「なんやグノシーはん、いきなり」


「だって、どうしてあれこれと、すぐにわかるんです? 実は透視魔法でも使ってるんじゃ」


しかしロクァースは軽く笑って受け流した。


「ただの科学的推測やで」


「か、科学?」


「ちょいとした気づき、それとない観察。周囲を見て注意深くおれば、いろんなことが分かるんや。それが科学や、魔導士はん」


「はあ、そうですか」


なにはともあれ、魔窟探索の第一段階は、クラージュが予想していたよりも遥かにスムースに進んでいた。


それに、魔物や魔王軍の残党が潜んでいるような気配は、まったくといっていいほど感じられなった。


今のところ、探索のなかで恐怖を感じたものは、洞穴のなかで住み着ている巨大なコウモリやネズミ、ときには身の毛がよだつような数の昆虫の大群だった。あるいは、ところどころで地下水が染み出して滑りやすくなっている地面だけだった。


* * *


初日の探索から戻ったときは、支援部隊の兵士たちは歓声を上げて彼らを迎えた。


ただ、クラージュは至って冷静だった。


「皆、ありがとう。その気持ちは有難く受け取る。だが、あまり浮かれないでほしい。魔窟の正体を暴くことに、私たちはまだ取り組みはじめたばかりなのだ」


* * *


第一段階の探索は三回にかけて、地上と直接つながる主要な部分のマップを完成させることができた。


そのほかには地下へつながる通路と階段が二か所が発見され、上方へ続く階段も見つかった。そのほかには、人が這いつくばって入れるほどの場所もいくつかあったが、今回の探索では保留することとした。


四人と一匹は前線基地ベースキャンプのテントのなかで会議を開いた。


まずは、第一段階における探索での、内部の道を種類分けした。


まずは明らかに洞窟そのままのかたちとなっている洞穴型。

土や岩がむき出しの壁面に木枠などで補強された坑道型。

岩をくりぬいて作られた素掘りトンネル型。

そして、床から壁と天上までがレンガや石積みによって整えられた通路型。


暫定的に、これらの四分類とすることに決まった。


クラージュはソフィアの描いた図面を広げて言った。


「さて、次はいよいよ第二段階へ進むことにする。発見した下層へ向かうが、最優先で探索すべき道は、どれにすべきだと思う?」


「通路型やろなぁ。あるいは素掘りトンネルやね。しっかりと作っとるちゅうことは、それなりの目的があるはずや」


「グノシーと、それからソフィアはどう思う?」


「僕は、なんとも。ただ少なくとも言えるのは、これまで見た場所は、どこにも魔法が仕込まれてる形跡はなかった」


「わたしも、洞窟とかは詳しくないから……。でも通路型の道は進むのに足元は安全そうだと思います」


「わてからもう一つ、アドバイスをば」


「なんだね?」


「坑道は特に危険やと思うたほうかよかで、例えば崩落とかやな。見たとこ、坑道型の場所は多くの支柱が腐りかけてまっせ。万が一にも生き埋めだけは勘弁や」


「そうだな。崩落の危険は、確かに避けたいところだ」


「それに、これまでの探索隊が、わざわざ洞穴のほうを好き好んで進んだとも思えへん」


「とにかく、まずは入口から距離が近いところにある傾斜通路だ。そこから下層へ向かう。皆、良いな?」


皆はそれに同意した。


「よし。ではグノシー、複写魔法でこの地図を複製しておいてくれ」


「うん、わかったよ」


「メンバー全員分と予備、それから支援部隊に配布用の分と、それに行政府への記録保管用、」


「ちょ、ちょっと! クラージュったら、いったい何枚の複製をすればいいのさ」


「まあ、五十枚くらい作っておけば困らないだろう」


「複写魔法だって、そんなに楽じゃないんだけど……」


「ははは。手書きよりは楽でっしゃろ? グノシーはん」


「まあ、それはそうだけど」


「とにかく頼んだぞ。準備が整ったら出発する」


そうして探索は第二段階へ進むこととなった。

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