第8話 いよいよ魔窟探索へ

出発の日の朝、ロクァースのもとに、国王に依頼していた銀の弾丸が届けられた。


手のひらに乗せることができるほどの大きさの木箱には、十字架の意匠が施されていて、おの蓋を開けると、なかには十字が刻まれた銀の弾丸が十二個入っていた。


「やっと来よったな。にしてもこりゃまた、ご丁寧な仕事しよって」


「これが例の銀の弾丸シルバーブレッドか」クラージュは覗き見ながら、軽く鼻で笑った。「戦場では、ほとんど使われることはなかった。魔王軍と戦うのには、いつもの武器で充分だった。魔物相手にも、いつもの剣、普通の弓矢、銃弾は鉛玉で通用した。大砲もそうだった。それともロカース、貴様は本当に信心深いのか?」


「なんてことなか、ちょっとばかしの御守り代わりやで」そうしてロクァースは、弾丸を一個ずつ配りながら言った。「皆はん、一個づつ大事に持っとりなはれ。それにいざいうときは、銀貨の代わりにもなりまっせ」


「なんとまあ、抜け目のないやつだ」


それから司祭による祈りが行なわれた後、公国軍が準備した馬車へ、荷物とともに四人と一匹が乗り込むと、いよいよ出発となった。さらに彼らの後ろには、魔窟の外で待機することになっている支援部隊の馬車も三台ほど続いた。


見送りは、師団長と参謀、議会の代表たち、それから国王の側近数名だけで、市民が集まって盛大に送り出すというようなこともなかった。


「盛大な壮行式でもするんかと思っとったけど、質素なもんやな」


「国王陛下の意向だよ」




隊列は街の通りを真っ直ぐ抜けて、魔窟へ通じている山道へと進んだ。


クラージュは時折、馬車の運転をしている兵士と会話を交わし、グノシーは魔導書に目を通し、ソフィアとフェデルタは過ぎてゆく周囲の景色を眺めていた。


そんななか、決して乗り心地が良いとは言えないにもかかわらず、ロクァースは寝転がって帽子を顔に乗せ、うたた寝をしているようだった。


魔窟へ向かう人物のなかで一番、図太い神経の持ち主は、ロクァース以外にはいないことだろうとクラージュは思った。


山道を進んで揺られること、数時間ほどで現地へと近づいた。


「皆、もうじき到着する。それとロカース、起きろ。到着だ」


「んやて?」


「まったく、緊張感のかけらもないやつだ」


拠点の設営予定地に到着する直前には、複数の馬に乗った兵士たちともすれ違った。


その際には、クラージュは彼らに敬礼をするのを忘れなかった。


「クラージュはん、彼らはなにしとりはるんかね?」


「彼らは国境警備隊だ。魔王軍との戦争が終わっても仕事は終わらない。それに魔窟のこともあるからな」


そうして隊列は、魔窟が見えるよりもかなり手前で進行を停止した。


よく見ると周囲には、草に覆われつつある土塁や防御壁、破棄された堡塁と破壊された大砲の残骸などを見ることができた。そして支援部隊は、その中で原型をとどめている堡塁の近くに前線基地ベースキャンプを築くことにした。


「ここら辺は放棄されているが、いくつかの陣地は再整備されて、いつでも使えるようになっている」


「やっぱし、魔窟が脅威なんやなぁ」


「当然だ」


「ただ、もっと、魔窟に近う場所でもよかありまへんか?」


ロクァースはボソッとつぶやいたが、兵士たちはすでに、テキパキとテント設営の作業を進めはじめていた。


「ロカース、彼ら兵士たちの気持ちも少しは考えてやれ。いつ叫び声をあげるとも分からない魔窟のすぐ近くで、休まる時があると思うのか?」


「せやな、それもそないやね」


「あの、魔窟まではどうするんですか?」


「大した距離ではない。ここから徒歩で向かう」


すると馬車の運転を担当していた兵士が言った。


「フォルティス殿。それには及びません。魔窟のすぐ近くまで、私がお送りいたしますよ」


そうしていよいよ、魔窟探索が始まるときが来た。




四人と一匹が魔窟のすぐ入り口に立ったとき、まるでタイミングを見計らったかのように叫び声をあげはじめた。


さすがのクラージュも少しばかりたじろぎ、グノシーとソフィアは彼女の後ろにしがみつくように身を寄せた。フェデルタは毛を逆立てて唸っていた。


しかしロクァースはひとり、眉間にしわを寄せて目を細め、仏頂面で魔窟の先を睨んでいた。そして彼は、肌で感じるほどの風が、魔窟のなかから吹いているのに気がついた。それから一歩踏み出し、帽子をとって耳をピンっと立てた。


それを見たクラージュは大声で訊いた。


「おい! なにをしているんだ?」


「ああ? 音をよう聞いとるんや! ほんで、この叫び声はどのくらい続くもんなんで?」


「分からない! 長く続くこともあれば、すぐに収まることもある!」


「なるほど」


しかし今回は数分も経つと、音が小さくなっていき、しだいに収まった。だが彼はしばらく聞き耳を立てるように、目を閉じてじっと立ったっまだった。


「なるほど。クラージュはんは気づかへんか?」


「なにがだ?」


「空気が噴出しとった。この洞穴からな。ちょいと失敬」


それから彼は、両手で思いっきりパンっと叩いて、また耳を澄ました。


「いったい何をしているのだ?」


「まあまあ、お静かにお願いいたしやす」


彼は、反響しながら小さくなっていく、その音に耳を澄ました。


「こりゃ、洞穴自身が音を鳴らしとるだけやな」


「どういう意味だ?」


「この洞穴には、たぶん不定期に大きな空気の流れがあるんや。そんで、洞穴の内部で共鳴が起きて、あの叫び声みたいな声が鳴るんやろうな。いうたらここは、馬鹿でかいラッパみたいなもんや。少なくとも魔物の叫び声とはちゃうな」


「魔物はいないと、断言する気か?」


「おらん、とは言うとらんで。少なくとも、さっきのけったいな音は魔物の声とは違うやろうな、というだけや」


「根拠があるのか?」


「前に、旅の道中でみかけた間欠泉で、似たようなもんを見てな。あ、聞いたっていうべきやな。温泉が噴き出す直前に、内部の空気が押し出されて音が鳴るんや」


それからロクァースは地面から少し砂を手に取った。


「それにみててみ。ほら」


そうして、パッと撒くように投げると、小さな砂煙は洞穴のなかのほうへと吸い込まれるように舞った。


「ようみてみ! 空気が流れとるんやで」


「ふむ……まあとにかく、進むとしよう。ロカース、貴様の言うことがどこまで正しいのか、確かめてみようではないか」

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