第7話 探索への準備

四人と一匹は旧宿舎に泊まり込み、翌朝を迎えた。


「おはよう! グノシー! それからロカース!」


クラージュは二人が寝ている部屋のドアを荒っぽく開け、大声で言った。


「なんやねん、朝っぱら騒々しいのう」「クラージュったら、僕はもうちょっと寝かせて……」


「ロカース、貴様には朝食の前に射撃の腕を、この私に披露してもらおう」


「わかったわかった、少し待ちなはれや」


そう言ってロクァースは大あくびをしながらベッドから出て、準備に手をつけた。


「あとそれからグノシー、君はソフィアの仕事を手伝ってやれ」


「え、どんなことなの?」


「彼女は施療師だ。探査中に予想される怪我に備えて、薬や簡易治療具、包帯やら、必要なものを事前に揃えておくつもりらしい。その準備を手伝ってやりたまえ」


「りょーかい」


「グノシーはん、どうやら朝が苦手みたいやな」


そうしてクラージュは、ロクァースを連れて旧宿舎を出ると、近くにある軍の射撃訓練場へ入った。


「いやぁ、にしてもこの街には、なんでもありまんな」


「行政と軍関係の施設が一か所に集約されているからな。それに、かつては魔王軍と戦うために連合軍にとっての重要拠点でもあった。当然だのことだ」


「とは言いはっても、規模の割にはちと人が少なくありまへんか? まあ早朝っちゅうのもあるやろうけど」


「戦後となった今はな……。新市街地ならば賑わっているぞ」


「まあ、そりゃともかく」


ロクァースが持っている二丁の銃は、一つは最新式の大口径パーカッションロック式ピストル、もう一つは上下二連装型の小口径フリントロック式ピストルだった。


「貴様は、それでも拳銃使いガンスリンガーを名乗るだけはあるな。手入れも自分で?」


「もちろんやで。そいで、このホルスターやて銃に合わせて、わてが自分でこしらえたもんや」


「器用なことをするものだな。銃を少し見てもよいかな?」


「手に取ってみて構わへんで、今は弾は入ってなか」


クラージュは彼の銃を手に取ってまじまじと観察した。木製のグリップ部分には、多少の汚れがあったが、銃身は綺麗に磨かれていた。


多少なりとも、武器の扱いを見ればその人となりが分かる、というのがクラージュ・フォルティスの騎士としての信条だった。


「ところで、クラージュはんは銃を撃ったことは、ありまっか?」


「当然だ。軍での射撃訓練は必須項目だからな。だが私は騎士の家系の生まれだ。そしてやはり、剣での接近戦闘のほうに才があると認められた」


ロクァースは銃を返してもらうと、持ってきた小さな袋から火薬と弾丸、それとフリントとパーカッションキャップをそれぞれ取り出し、セッティングをはじめた。


「ところで銃に関して、公国軍の高性能なライフルドマスケット銃もある。貴様なら容易に使いこなせるだろう。すぐにでも用意させることができるはずだ」


しかしその提案へのロクァースの返事は、否定的なものだった。


「クラージュはん、洞窟やらダンジョンやらで、長ったらしい銃使うんは邪魔になるだけや。それより追加で武器くれはるんなら、クロスボウがよか。あれなら信頼性が高うて、取り回しがようて、素人でも扱うやすい。近接なら威力も充分や。それに万が一のとき、魔導士のグノシーはんやソフィア嬢ちゃんでも持って撃てるで」


「なるほど確かに、それも一理あるな」


クラージュは内心、ロカースのことを獣人崩れの放浪者だと少しばかり見下していたのだが、彼の見識の高さには感心した。


「それにしても、よくもまあ武器に詳しいな」


「ははは。武器だけやないけどな。知識は、それ自体が便利なものになるさかい。それと、ただ興味関心ごとに貪欲なだけや」


「貴様には、てっきり軍務経験がないものとばかりと、私は思っていたが、実際のところはどうなのだ?」


「せやな。兵役はしたことなか。ただ、少しばかり傭兵業に首を突っ込んでた時期がありまっせ」


ロクァースは少し得意げに言った。


「一度は、魔族をぶちのめすような仕事もやったわ。もちろん人間相手にも……まあ、いろいろと酷いもんやったけど、給与は良かったで」


「傭兵か……まあ、貴様の過去は大したことではない。戦いのときに躊躇いがなければ、それで上出来だ」


それからクラージュは思い出したように聞いた。


「ところでロカース、貴様はダンジョンや洞窟と言った場所に行った経験はあるのか?」


「いや、なかと。ただし、鉱山の坑道は入ったことあるで。まあ、ほんの少し働いただけやけどな」


「では、暗くて狭い場所は平気だな?」


「たぶん、大丈夫でっしゃろ」


「戦争中の作戦で、ダンジョンほどではないが、敵の地下通路に何度か入ったことがある。その時の兵士の一人で、狭さと暗さでパニックを起こすやつを目の前で見た。そういう状況はごめん被るからな」


「ひどいもんやな」




その日の午後には、師団長とともに公国軍ドラゴン空挺団に所属していたファルケ大尉という人物が、両脇に荷物を抱えて四人のところを訪れた。


彼が持ってきたのはバックパックで、空挺団の強襲部隊が使用していたものと同仕様の代物でった。


頑丈な麻布と革を組み合わせて作られたもので、大尉自身も参加したという敵地後方への潜入破壊作戦や戦争終盤の魔王軍要塞に対して空挺強襲作戦を敢行した部隊が使っていたという。


「強度を持たせつつ、なるべく軽量かつ大容量で作戦行動に支障がないようにというコンセプトで作られたものだ」


「へぇ」ロクァースはその一つを手に取ってみた。「まあ、魔窟やダンジョンの探索のお供にも、おあつらえ向きっちゅうわけやな」


「これまでの探索では、各々が自分たちで用意したものを使っていたというが、今回は三度目だ。装備は共通化していたほうが、なにかと都合がいいのではないかと思ってね。もちろん、空挺作戦とは勝手が違うだろうが、敵地潜入と似たようなものだろう。私からなにか、アドバイスでもできることもあればと思ってね」


「ありがとう、ファルケ大尉。図らいに感謝する」


「んじゃ、さっそく、荷物をまとめてみまっか」


「各員の食料と水、被服、その他に必要な物品がまとめて収まる大きさだ。頑丈で、物の出し入れもやりやすい」


そうして四人は、各々の荷物をバックパックに詰め替えた。それから、探索のときに持ち込む携帯食料や水筒も実際に用意して合わせて詰め込み、背負ってみた。


「こりゃ、ええな」


「旅をはじめたときにこれがあれば、すごく楽だったかもしれないわ」


「このなかではグノシーが、一番身軽いような気がするが、どうかな?」


「でも、これ、これでもけっこう重いけど……」


「なんや貧弱やな。見てみ、わてなんて腰に銃も下げて、あとでクロスボウとその矢まで追加するんやで。それにソフィア嬢ちゃんは、薬草と薬の瓶やら治療用具なんかぎょうさん荷物に入っとるんやで」


「でも、ロカスさんとソフィアさんは、そもそも旅慣れしているじゃないですか!」


「しょうがないな」クラージュは少々あきれたようすだった。「食料の一部は、私が分担しよう。探索で歩けないようでは話ならんからな。その代わり、明かりを頼むぞ」


「それならお任せあれ」


グノシーは取り出した小さな杖の先に、パッと炎の玉を出して見せた。さらにその炎を手に取ってみせた。


「へぇ、火傷せえへんのか?」


「冷炎魔法だから、触っても熱くないのです!」


「やっぱ、ちゃんと魔導士しとるんやな。まあ、わてはわてで松明かランタンを持ち歩こう思うけどな」


「ところでグノシー、その明るさは微妙ではないか?」


「えー、そういわれても」


「まあまあ、クラージュはん。実際に現地で確かめようや。もし暗かったらその杖の先にランタンでもぶら下げればよか」


なにはともあれ、魔窟探索の準備は着々と進んだ。

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