第4話 騎士クラージュ・フォルティスと魔導士グノシー・クランティブ

王宮敷地内にある建物の行政会議室にて一人、公国軍の近衛隊に所属する女性騎士クラージュ・フォルティスは、魔窟の第三次探索計画の書類に目を通していた。


彼女は騎士の家系の生まれで、父親も騎士、夫もまた騎士だった。そして魔王軍との大戦争末期には、彼女も騎士として戦地に赴いた。


戦時はもちろんのことだったが、休暇のときも平時になってからも、肌身離さず愛用の剣を持ち歩くほど騎士としての信念を貫いていた。同僚たちの中には、そのことについて揶揄したり陰口を言う者もいたが、気にも留めず、つねに勇ましく振舞っていた。


もし魔王軍との大戦争がなければ、女性であるクラージュ・フォルティスが騎士として今の地位を得ることは難しかったかもしれない。戦争は、いつの時代も世の中を変えてしまう。


三人とも、大なり小なり戦果をあげ、そして無事に三人とも戦争を生き延びた。


しかし戦後の魔窟探索――父親は第一次探索へ、夫は第二次魔窟探索に参加して、戻ってくることはなかった。


彼女は師団長から魔窟探索の話を打診されたとき、ついに運命の時が来たと感じた。


師団長からの話を聞いて、彼女は逡巡などしなかった。


「師団長殿! 私はこの日を待っていた。迷いなどありません。喜んで行きましょう」



クラージュは計画書を見ながら、考えをめぐらしていた。


最初の探索は魔窟が上げる叫び声の発生源を探ることを第一としており、内部の詳細を調べることは後回しにされていた。


そして、当初の予定を大幅に過ぎても戻らなかった探索隊を捜索するために、第二次探索隊が組織された。しかし、その部隊も帰ってはこなかった。


しかも魔窟の叫び声が収まることもなかった。その叫びは不定期で不規則だった。数分で止まることもあれば、数時間に渡って続くこともあった。数日間、静かだったかと思えば、一日に何度もその恐ろしい雄たけびを聞かされることも多々あった。昼間はまだしも、夜中に聞かされるのはたまったものではない。


しかし、第二次探索以降は軍参謀と国王が兵士の犠牲を憂慮して、具体的な計画は進まなかった。


そのいっぽうで、民間では有志で集まったグループやパーティ、命知らずの冒険家集団。あるいは懸賞金がかかっている逃亡中の魔王軍戦犯を探す賞金ハンターたちまでが公国へやって来ては魔窟へと向かった。


だが結果は推して知るべく、惨憺たるものだった。


「まず、内部の詳細を少しずつ調べるところから始めるべきだろうか……」



彼女がつぶやいたとき、師団長が一人の人物を伴って会議室に入ってきた。


「フォルティス、今回の任務に同行する魔導士を連れてきた」


その魔導士の顔を見たクラージュは、「あ!」と声を漏らした。


「もしや、グノシー? グノシー・クランティブか?」


魔導士のほうも驚いた表情だった。


「あ! クラージュ?」


「やはり!」彼女は立ち上って彼に近づいた。「なんとまあ、久しぶりだな。グノシー、魔導士になっていたのか」


「クラージュだって、立派な騎士になってるじゃん」


探索リーダーの騎士が自分の知っている人だと分かると、魔導士グノシー・クランティブの緊張は少し和らいだ。


彼は、魔王軍との大戦争が始まったころは、まだ修行の身で、戦争末期にようやく見習い魔導士として予備役に編入されたが、ついに活躍の機会を得ることはなかった。


ようやく見習いを卒業した彼に、魔窟探索への参加の話が舞い込んできたとき、思わず勇み立った。どちらかというと小心な性格のほうであったが、いっぽうでは何かしらの功績をあげたいという、野心的な考えも心のうちに秘めていた。


「ところで失礼。」師団長は咳払いして注意をした。「やはり君たちは、顔見知りなのかね?」


「ええ、師団長殿。顔見知りもなにも、私と彼は同じ村の出身です」


「同郷であるということは、こちらも把握していたが、つまり君たちは、幼馴染とでもいったところなのか?」


「端的には、そういうことになるでしょうね。師団長殿」


「まあ、見知った間柄なら、探索もスムースかもしれないな」


「ところで、師団長殿。スカウトなされたという二人は?」


「それなら、もうしばらくすれば部下が連れてくるはずだ。しばらく待っていてくれ」

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