第3話 ロクァースとソフィア 宿屋にて

ロクァースとソフィアは、師団長に案内されて、宿屋の一室に入った。

普段の二人の旅路においては縁遠いような、高級な旅商人などが利用するようなところだった。


「こりゃ、贅沢や。広い部屋やな」


部屋には左右の壁際にそれぞれ二段ベッドが、窓の近くにはサイドテーブル、部屋の中央にも食事用に使えるテーブルとイスまで置かれていた。


「こちらとしては、魔窟探索への協力をお願いしているのだ。この程度では足りないくらいかもしれんが」


「いいや、わてには充分やで」ロクァースはソフィアのほうを向いて訊いた。「それにしても、ソフィア嬢ちゃん。わてみたいな、むさ苦しいおっちゃんと同じ部屋で、ほんとによか?」


そして再度、師団長のほうに視線を向けて続けた。


「なあ? 師団長はん。今日知り合ったばっかの男女が、同室ってんは、ちょいと配慮が足らへんじゃなか?」


「そう言われてもだね、取り急ぎで手配できたのは、この部屋だけだ。」


「ロクァースさんも師団長さんも、いいですよ。私は別に気にしませんから」


それに犬のフェデルタは、迷うことなくベッドに飛び込んで、満足げにワン!と吠えた。


「ははは、フェデルタはんのほうは、この部屋がお気に召したようやな」


「とにかく、私はこれから基地に戻らねばならない。明日は、朝に私の部下を迎えに来させる。今日はゆっくりと休養をとるといいだろう」


師団長が去ると、二人は部屋の中入り、荷物を下ろした。


「それにしても、珍しいことですよ」


ソフィアがつぶやくように言った。


「何がや?」


「広場でのことです。フェデルタが簡単に他人の言うこと聞くなんて、これまで見たこないですよ」


「はっはっは。そりゃ、ちょっとばかしお仲間だからかもしれへんなぁ」


それからロクァースは、被っていたハット帽子を取ってみせた。すると彼の頭には、とんがった三角のかたちをした獣の耳があるのがみえた。


「まあ! なんてこと!」


それからマントも外して、その場でくるりと回り、隠していた尻尾も見せた。


「あ、貴方は獣人なんですか? もしかして魔族の系統?」


「ははは、言うてほとんど人間やけどな。それに、わては北方の出身で、ひい婆さんとこの家系から獣人の血筋がちょいと流れとるんや」


ソフィアは恐る恐るといった感じで彼に近寄って、あらためてその耳と尻尾を見た。


「めずらしいかいな。ソフィア嬢ちゃん」


「ええと……一度だけ旅の途中で、獣人と出会ったことがあるんですけど、こういうのは、初めて見ます」


「まあ、物珍しく思ってもらえるんくらいなら、構わへんわ。場所によっちゃ、わての耳と尻尾に気づくと、石を投げつけてくる奴もおるからな」


「え?!」


だが、ロクァースはそこで話題を変えた。


「せや、ところで、ソフィア嬢ちゃんは、なんで魔窟なんて目指しとるんや。冒険や賞金稼ぎをするようには見えへんけど」


「人を探しているんです。恩師を」


「ちゅうことは、そいつも施術師かなんかかいな?」


「はい。お医者様としても活動していました。いろいろなことを教わったんです。人づけてに聞いた話では、施療師として魔窟探索へ参加らしいんです」


「つまりは、民間の魔窟探索グループに参加したっちゅうわけやろうな」


「ところでリベルタさんは、どうして魔窟に」


「気軽にロクァースって呼んでくれて構わへんで。わてが魔窟に行く理由も、人探しや」


「そうなんですね。どんな人なんですか?」


「せやな。わての思いを伝え損ねた人や。それに礼も言い忘れとる」


しかしロクァースは、それ以上のことは語らなかった。


「それよか、ソフィア嬢ちゃん。さっきの革袋を貸してみなはれ」


「え? なにをするつもりなんですか?」


「まあ、みとればわかるで」


袋の中身を丁寧に取り出してテーブルに並べ、革袋のほうを観察した。


それから自身の荷物の中から、小さなブラシを二個と小瓶、それに布切れ一枚を取り出した。


「かんたんなお手入れ」


ブラシはそれぞれ豚毛と馬毛を用いて作られたもので、小瓶に入っていたのは革用のオイルだった。


ロクァースは、まずは硬い豚毛ブラシで汚れを落とし、布切れでオイルを薄く塗り、柔らかい馬毛ブラシで磨くように仕上げをした。


「新しいブドウ酒は新しい革袋に、なんて巷じゃ言うとりまっけど、こうしてちゃーんと手入れすりゃ、革製品は長く永く、立派に使えるんやで」


「わあ、すごいです! こんなに綺麗になるんですね」


「多少残っとるシミとかはあるけどな。まあそれも、革製品の味っちゅうもんや。ほれ、フェデルタはんの首輪とハーネスも磨いたるで」


「ロクァースさん、手先がすごっく器用なんですね」


「たいしことじゃなか。まあ、技術は持っとれば小銭稼ぎになるけどな」


「昼間は助けてもらったうえに、こんなことまでしてもらって、どうしてそこまで親切にしてくれんですか? それとも、もしかして、なにか見返りを求める気でいるんですか?」


「わてはただただお節介焼きな性格持ちなんや」ロクァースは苦笑した。「それにソフィア嬢ちゃんも、魔窟探索へ行くつもりなんやろ? 魔窟やのうても洞穴やダンジョンは危険なところや。たぶん怪我もするやろ。そんときは施術師としての能力を、しっかり見せてもらうつもりやで」

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