第2話 旅人たち ロクァース・リベルタとソフィア・チェスノスチ

公国での定例議会が行なわれる数日前、中心都市に一人の旅人が訪れていた。


大がらなハット帽子、くたびれたマントをまとい、これまた汚れの目立つずだ袋を担いで、いかにも旅人風情満載のロクァース・リベルタは、公国に入ると市街地へ向かった。


「んまぁ、例の情報を得るには、人のようけ集まるとこがよか」


酒場や飲食店が並通りへと向かった。

情報を得るには、なにより人の集まるところへ向かえ、というのが彼の信条だった。


それから街中をうろつき、旅人や観光人向けでなく、地元民が集まるような酒場を見つけると迷わず店内へ入った。


ロクァースが店の中に入ると、中にいる客の大半の視線が彼に向かった。


どうやら公国軍の兵士の一団が居合わせたようだった。しかし彼は臆することなく店内を進み、カウンター席に腰をおろした。


「どうもこんちわ。なんか、おすすめの酒がありまっか?」


「あんた、この街の者じゃなさそうだな」


「分かりまっか? 見ての通り、わては、しがない旅人で」


「この店は、あまり観光客向けではないんだがね」


「かまへんかまへん。ならビールでもたのんます。ほいで、こういう場所なら例の魔窟とやらの話が、」


そのひとこに店主はグラスを手から滑らせ、落として割ってしまった。それに店内は静まり返って、客の視線がロクァースに刺さった。


「おや? わては、なんかあかんことでも言ったかいな?」


それから、兵士の一団から一人の男が近づいた。整えられた立派な口ひげ、腰に下げられた剣のさやの装飾や服装からして、階級の高そうな人物であるのは明らかだった。


「私は、公国軍近衛団の師団長だ。貴様は、魔窟に興味があるようだね」


「興味もなにも、そこへ行くのに、ちょっとばかし道を知りたいんや」


「ふむ……」


師団長を名乗った男は、ロクァースに対して、まるで珍獣でも見るかのような視線をむけた。


「いやぁ、軍の師団長はん。今は危ないことが銭になる世の中でさかいな」


「忠告しておく。あそこは、危ないどころの騒ぎではないぞ」


「せやて、わては、」


そのとき、店に町民が一人飛び込んで来て叫ぶように言った。


「た、たいへんだ! 広場で、バケモンみてえなデカい狼みたいなのが!」


師団長の男は振り返って聞き返した。


「なに? まさか魔物でも現れたか?」


「とにかく、広場で騒ぎになってるんだ!」


「マスター、支払いはツケで頼むぞ」


師団長はそれだけ言い残して、兵士たちを連れて店を出ていってしまった。


もちろんロクァースも、兵士の一団の後を迷わず追いかけた。〈危ないことは稼ぎに繋がる〉それは彼の信条の一つだった。




たしかに広場の一角では、まるでオオカミかと見間違うほどの巨体で白い毛並みの犬が、ガウガウと吠えていた。


その先には、そこそこの大きさの革袋を抱えた一人の男が追い詰められていた。ただ、その犬は革製の首輪とハーネスがつけられているのが見えた。


ロクァースは一呼吸して、吠えられている男を観察した。どことなく小悪党っぽい顔つきで小綺麗な格好、それに比べて、その手にしている革袋は汚れが目立つようにも思えた。


それから広場を見渡した。集まり始めた野次馬のなかに、荷物を抱えてオロオロとしている少女の姿が目に留まった。


彼は彼女のほうに近づいて声をかけた。


「やあ、嬢ちゃん。あっこで吠えてるわんこは、もしかして君の連れかいな?」


「え? ええ、はい」


「名前は、なんて言うん?」


「え? 私はソフィアです。ソフィア・チェスノスチ」


「ちゃうんや、」ロクァースはあらためて犬のほうを指さした。「あっこの犬の名前」


「あ、はい。彼はフェデルタっていいます」


「よっしゃ。フェデルタな。わてがなんとかしたるで、嬢ちゃんはしばし見とってな」


兵士たちは手にしている剣や槍を構えていたが、どう動けばいいものか思案しているようだった。いっぽうで男のほうは、なんとかしろと喚いていた。


ロクァースは構わずにその間を進み、犬に近づいて犬の名前を呼んだ。


「フェデルタ、静かにせや」


犬はロクァースのほうを見ると小さく唸った。それでもロクァースは傍に近づいて膝をついて「わてが手助けしたるで」と声をかけると、まるでロクァースの意図を理解したかのように大人しくなり、彼の横できちんとお座りをした。


ロクァースはフェデルタを優しくなでながら、男を身なりをゆっくりと観察した。

すると、吠えられていた男はいらだし気に言った。


「あ、あんたが、その飼い主か?」


「わてちゃうで」


「はあ?」


「ところであんた、その手に持っとる革袋には、何が入っとるんかいな?」


「あ? 何言ってんだてめえは!」


「あんたの持ち物ちゃうんか? その袋の中身はなんや?」


兵士たちも、ようやく間合いを詰めて周囲を囲んでいたが、そこに先ほどのソフィアと名乗った少女が近づいて声を上げた。


「あの、その袋、男の人が持ってる革袋はわたしの物です! その男は泥棒です!」


最後の一言は、周りの人たちがビクッとするほどの語気の強さだった。


それから師団長の男が一歩踏み出してきて、少女と革袋を手にしている男とを交互に見た。


師団長が男の方に声をかけようとすると、男は表情を歪め、「くそったれ!」と吐き捨て、革袋をロクァースの顔面に投げつけて逃げ出した。


「あいた!」ロクァースはその場に倒れ、兵士の数名は逃げた男を追いかけた。


「大丈夫か?」師団長は声をかけて、起きあがろうとするロクァースに手を貸した。


「参った参った」ロクァースは起き上がると顔をさすった。「わての顔に向かって投げつけんでもよかにな……」


「それにしても、君も無茶なことをするな。もしもさっきの男が武器でも持っていたら、どうする?」


「ははは、わてはこう見ても拳銃使いガンスリンガーや」


ロクァースはマントで隠れていた腰のガンベルトと、そこに差し込まれている銃をみせた。


「早撃ちは得意やで」


「ふむ、なるほどな。武器の扱いには慣れているのか?」


「多少の心得わ」


「あの、」ソフィアが恐る恐る二人に近づいた。


「ああ、さっきの嬢ちゃん? ほらこれ、取り返したで」


ロクァースが革袋を手渡すと、彼女は深々と頭を下げた。


「あ、ありがとうございます」


「まあまあ、たいしことじゃなか。それより、大事なもんが入っとるんかい?」


「ええ、薬草と、ちょっとした調合の道具です」


それから彼女は、革袋の中身を確かめるように出して見せた。掌に収まるほどの小さな木箱がたくさん入っていた。


「ほお、こいつはびっくりやな」ロクァースは小さな木箱の一つを手に取り、中に入っている薬草を観察した。「これは火傷に効くやつかいな? 嬢ちゃんは医者の見習いかい?」

「いえ、施療師ヒーラーです、一応は」


そこで師団長が二人の会話に割って入った。


「ところで、君たちは、この街に来たばかりなのか?」


「せやで」「はい、そうです」


「旅の目的は、」師団長はロクァースのほうに視線を向けた。


「わては、さっき言ったように、魔窟や」


「そちらのお嬢さんは、いかがですかな?」


「え! わたしも、その、魔窟へ行こうと考えているんです」


「うむ、」


師団長は少々驚いたようだった。それから少し思案すると言った。


「これも何かの縁だ。私が宿を手配してあげよう」


「そないな、滅相もない!」


「もちろん一つ条件がある。二人とも魔窟を目指しているのだろう?」


ロクァースとソフィアはうなずいた。


「ちょっとした仕事を、依頼したいと思うのだよ」

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