第三話 秀美の夢枕
ゆうこ「五月ちゃんのことは私に任せて。ここからは女子会の時間だよっ。一時間ほど帰ってこないでね?」
「ああ、頼むよ。俺は夕食の仕入れに行ってくる」
ゆうこ「あたし、久しぶりにタカノのスイーツ食べたいなっ」
日は完全に落ちて、俺はゆうこちゃんと幡ヶ谷の喫茶店で別れる。
先に五月の待つマンションに向かうゆうこちゃん。
「ゆうこちゃんに任せておけば大丈夫だな」
俺は、さっきよりは少し晴れやかな気分で新宿へ買い物に向かう。
ゆうこちゃんとの関係は、同士?親友?…さんざん身体を合わせて今さらなんだけど。
、
、
本当は分かっている。
俺たちの関係が、「共依存」だと言うことは。
秀美が居なくなって、それまでお互いのことなんか棚に上げて秀美の回復に一喜一憂して時に笑いあい時に慰めあった俺たちは、秀美の死んだ日、心の拠り所を失った。
その直前の秀美との手紙のやり取りが…またまずかったんだ。
――
秀美「新しい治療方が見つかりそう!今度のはうまく行ったら完治!!」
「秀美、受験終わったよ!ギリギリだったけど、電◯大!!」
ゆうこ「あたしはもうすぐ転勤しちゃう父さんたちを追いかけて絶対九州大学ゲットする!」
絵に描いたような洋々な前途は…あの日一瞬で崩れた。
――
『彼女の受験が終わるまで』、そう言い聞かせて、ゆうこちゃんとのぬるま湯に踏みいった。
やましいものを抱えたゆうこちゃんとのセックスは、背徳感が後押しするのか、お互いの垣根が一瞬で無くなると感じるくらいにどろどろで気持ち良くって。毎回大絶叫の上、全身を痙攣させながら失神してしまうゆうこちゃんもきっと一緒で。
それでも一年間だけだと言い聞かせて。
―
五月「ずっと不思議に思ってた。別れる前も別れた後も、お兄がたったの一言でもゆう姉のことを悪く言ってるのを聞いたことがない。ずっと…ず~っとゆう姉のことを心配している」
―
そうさ…ゆうこちゃんに悪い感情なんか起こる訳がない、そんなものは恋人同士の特権だ。
俺にあるのは、彼女に対する心配と…心配と執着。
ゆうこちゃんの九州大学合格が決まった夜、秀美のやつわざわざ夢枕に立ちやがった(笑)
―
秀美「ゆうこちゃんとどうするの?」
―
お前、初めての夢枕がそれかよと(笑)
でも助かったよ秀美、俺の決断を後押ししてくれて。
それでも、一年間、心と身体を通わせて…もしかすると…もしかすると秀美以上に情がわいてしまった…好きになってしまったゆうこちゃんを忘れがたくて『10年後お互いフリーだったらもう一度付き合おう』なんて。
「未練だよなあ」
――
「いや…元々彼氏なんかいないんじゃないかと思ってた」
ゆうこ「彼氏だよ…抱かれたもん」
――
嘘は無いのだろう。でもきっと一回、せいぜい二回だ。ゆうこちゃんの身体には俺が刻みついている。俺からゆうこちゃんを奪うのは…そう簡単にはいかない。
今夜、俺はゆうこちゃんを再び抱く。
多分、俺たちは一夜中、ひとつになって、なにも分からなくなるくらいに。
あの頃と同じ…いや、彼女から少しでも他の男の影を感じ取ってしまったなら、嫉妬心に突き動かされた俺は、きっとあの頃以上に…そんな予感がする。
そして、そんな一夜が過ぎたら…
「俺たちはどうなってしまうのかな?…なあ、秀美」
あいつはあの日以来……1度も夢枕に立ってはくれない。
――
――
「せっかく九州から来てくれたんだから」
パーラータカノからの帰り、少しだけ新宿伊勢丹を探索して、ゆうこちゃんに似合いそうな髪飾りを手に入れた。
こういうのって、若いカップルのほうが失敗気にして躊躇するのかも知れないけど俺たちには遠慮も何も無かったから…さんざん失敗したあげくだけど、今では彼女の好みは誰よりも分かっていると思う。もしかしたら彼女のご両親以上かも。
「今夜は、きりたんぽ鍋かな」
足りない材料を頭で整理しつつ、新宿三丁目駅から乗った京王新線は不思議なほど人が少なくて。
地下鉄に乗るといつも思う。この漆黒のトンネルの先、本当は何があるのだろうと。
「まるで銀河鉄道の夜だな」
それでも、幡ヶ谷の駅はすぐに来る。
――
――
「ただいま~」
すっかり暗くなった幡ヶ谷の町を抜けてマンションへ。
「あれ?」
電気はついているのに家の中は不思議なほど静かで。
「五月?ゆうこちゃん?」
五月「お帰り、お兄」
「ああ、夕食ちょっと待ってな。」
五月「お兄、夕食の準備は良いから、聞いてくれないかな」
「五月?」
五月は自室から出て来ない。
「五月?入るぞ?」
五月「駄目っ!!」
「え…」
五月「ごめん、お兄。そのままリビングにいて」
そういう五月の声はいつもと違うような、とても良く聞いたことがあるような。
「…ゆうこちゃんはどうした?」
五月「ゆう姉は出ていった」
「…え?」
五月「ゆう姉は、しばらく帰ってこない」
ゆうこちゃん?
何だ!?この違和感……
「五月……何を聞いた?」
五月「お兄の全部…」
「五月!?」
何だ!俺は思わず五月の部屋のドアノブに取りつく。
…鍵が…でも合鍵がある!!
五月「お兄!まだ駄目!!」
「入るぞ!」
――
――
五月「お兄……」
「五月?……い…いや」
何が変わった訳じゃない、髪型も服装も。
ただ、年相応のすっぴんから、軽いナチュラルメイクを施した五月の顔は、なんというか…深窓の美少女…
―
『先輩…』
それは、あの夏のホームパーティーの際の、秀美の姿。
―
五月「お兄、いいよ」
「な、何が…」
五月「正太郎には電話した。別れるって」
「な!」
五月「あたしは良いよ、一生お兄のそばにいるよ」
「さ…さ…」
五月「お兄…抱いて…ください!」
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